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あるべき電力システムの需給運用方式について

                                   戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー
      東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所

1.    はじめに

電力システムには、電気の需要と同量の供給が常に行われる必要があり、その需給バランスが一定程度以上崩れた時は、最悪広域停電に至り、市場そのものが崩壊するというデリケートな制約(同時同量の制約)がある。また、電力システムには必ず単一の系統運用者[1]が存在する。系統運用者は、電力システムを安定運用するために、各瞬間で需要と供給がバランスしていること(同時同量)を確保する役割を負う。電力システム全体の需給のバランスが崩れると周波数が変動する。日本では東日本は50Hz、西日本では60Hzが標準周波数だが、需要と供給が完全にバランスしていれば、周波数は標準周波数と一致し、バランスが崩れればそこから変動する。系統運用者はこの周波数の変動を観察することによって、電力システムの各瞬間における需給バランスが分かり、それを手掛かりに、自らコントロール可能な電源等[2]を活用して、システム全体の同時同量を確保する。

電力システムの需給運用とは、この同時同量を確保する取り組みといえ、その仕組みは全面プール方式とバランシンググループ(BG)方式に大別される。日本の電力システム改革は、2000年に小売部分自由化を開始した際にBG方式を採用し現在に至っている。しかるに、電力システム改革当初から様々な状況の変化があり、BG方式から全面プール方式への移行が望まれる。

 

2.       全面プール方式とBG方式

まず、全面プール方式とBG方式の違いについて説明する。

 全面プール方式とは、電力システムを構成するすべての電源等を系統運用者が一元的にコントロールする方式を言う。卸電力市場も系統運用者が自ら運営し、電気の現物を取引する市場はこれが唯一のものになる[3] 。現在は米国東部等で採用されている。

 全面プール方式では、電力システム内の需要と供給に関するすべての情報が系統運用者に常に集中する。系統運用者は、電源等の市場への入札価格(kWh価格)のみならず、各電源等の起動のための価格、起動時間、出力変化速度、送配電系統の制約なども考慮したうえですべての電源等を一元的にコントロールし[4]、ある程度長期のターム(例:24時間)で、システム全体の最経済的な需給運用を目指す。

対してBG方式は、日本以外では欧州で一般的な方式である。全面プール方式のように系統運用者が一元的に需給のバランスを確保するのではなく、系統を利用する発電事業者や小売電気事業者にもBGとして一定の役割を求める。BGとは、需給バランスの確保について一定の役割を負っていることに由来する呼称である。BGは事業者単独でも複数事業者が共同しても編成可能で、小売電気事業者による「需要BG」と発電事業者による「発電BG」がある。需要BGは、自らが獲得した需要に対して、自ら保有する電源や卸電力取引を通じて調達した供給力を用いて、供給とバランスさせる責任を負う(これ以降の説明は、需要BGを前提とする)。

BGは自らの需要を時々刻々の変化まで把握することはできないので[5]、BGに各瞬間の需給のバランスが求められることはない。一定の時間(日本の場合は30分)で区切って、その時間中(この区切られた時間のことを「コマ」と言う)の需要側と供給側の電力量(kWh)を一致させることがBGの責任になる。


図1 BG方式による需給運用  出所:筆者作成

 図1はBG方式を図式化したものである。BGによる需給調整は、実際に電気を消費する実需給の一定時間前(日本では1時間前)のゲートクローズ(GC:Gate Closure)まで行われ、その後の調整は系統運用者にバトンタッチする。GCの段階で各BGの需要と供給は一致しているが、これは需要予測に基づく計画であって、需要予測の誤差や供給力の不調などを反映して、実績では需給のギャップが生じる(これを「インバランス」と呼ぶ)。系統運用者はシステム全体の周波数の変動を通じてシステム全体の需要と供給のギャップを随時把握し、「調整力」として調達した電源等を活用してインバランスを補い、各瞬間の同時同量を達成する。

すべての電源等を一元的にコントロールして全体最適を目指す全面プールに対し、BG方式は各BGが自らの部分最適を追求することが基本である。GC後の系統運用者による調整は「しわ取り」と呼ばれることがある通り、微調整であり、系統運用者がコントロールできる電源等もそれに必要な量に限定されるのが通常である。したがって、理論上、システム全体の効率は全面プール方式に及ばない。 

3.       日本がBG方式を採用した背景

日本における電力システム改革は、効率で劣後するBG方式をあえて採用してきた。この理由は次の2点である。いずれも日本が東日本大震災前まで進めてきた電力システム改革の考え方に由来する。

第一に、小売電気事業者の責任を曖昧にしないためである。電気は同時同量というデリケートな制約を持つゆえに、「発電と小売との関係が特定され、小売需要に対して『供給する責任』が明確となる仕組み」が重要と考えられた。供給する責任とは「獲得した需要に見合う供給力を自ら保有することまたは長期相対契約を通じて確保すること」であり、日本卸電力取引所(JEPX)を通じた供給力の調達は、あくまで自社電源と長期相対契約を補完する位置づけと整理されていた[6]

ところが、全面プール方式の下では、小売電気事業者は、自社電源や長期相対契約を確保しなくても、系統運用者が運営する単一の市場を通じて調達した電気を転売するだけで容易にビジネスが成立してしまい、「供給する責任」が曖昧になる。

第二に、BG方式は系統運用者を構造的に分離する必要性が小さいことである。全面プール方式の下では、系統運用者は単一の市場の主宰者である。各電源の入札価格、技術特性等のデータを取得し、相互に競争相手である全電源の運用を一元的に決めるのであるから、発電・小売のプレイヤーから独立した高度な中立性が求められる。

対して、BG方式では、電源の運用を決めるのは基本的にBGであり、系統運用者はその計画をゲートクローズ時に受領するだけである。価格等機微な情報を取得するわけではなく、緊急時を除きBGの電源運用に介入することはないので、求められる中立性のレベルが違う。

そして、日本が系統運用者の構造的な分離を回避してきたのは、発送電一貫体制の一般電気事業者に対して、安定供給確保の役割を中心的に担うことを期待する、という考え方を採ってきたことによる[7]。その考え方に基づき、電力システムの需給運用については、新規参入者には、30分同時同量という疑似的な同時同量以上の貢献は期待せず、電力システムの安定に必要なより精緻な瞬時の同時同量は、もっぱら発送電一貫体制の一般電気事業者が確保することとしていた。すなわち、発送一貫体制を維持するためにBG制の採用は必然であったわけである。

 

4.       震災後の電力システム改革でBG方式を維持する理由は消滅

電気の安定供給の重要性を鑑みて漸進的に進められてきた日本の電力システム改革は、東日本大震災を契機に、新規参入・競争促進を重視する方向に変化した。その変化に伴って講じられた措置により、3.で掲げたBG方式採用の理由は、今は成立しなくなっている。措置とは次の2点である。

第一に、大手電力に対して、余剰供給力全量を限界費用によりJEPXのスポット市場に投入することを事実上強制した(いわゆる「限界費用玉出し」)。この措置が採られた背景には、政府が小売全面自由化を敢行するために、卸電力市場の活性化を重視したことがある[8]。この措置の結果、JEPXのスポット市場では、固定費負担を大きく免れる価格で電気が調達できる状況が人為的に作り出された。これは、自社電源や長期相対契約を確保するよりも、JEPXから電気を調達する方が競争優位に立てることを意味し、この状況が数年にわたり継続したことで、震災前の「供給する責任」の考え方は骨抜きになった。

これは、発電事業者の視点に立てば、市場価格が電源を維持できる水準よりも安くなってしまうことを意味する。電力システム全体として供給力が不足する懸念が指摘されることとなり、容量市場の導入が決まった。2024年度から本格的に実装される。これは、「供給する責任」が「獲得した需要に見合う供給力を自ら保有することまたは長期相対契約を通じて確保すること」から「容量市場で決まるkW価値の対価を負担すること」に変化することを意味する。すなわち、自社電源や長期相対契約を確保することは、「供給する責任」を果たすために必須でなくなったので、効率で劣後するBG方式をあえて継続する理由はなくなったと言える。

第二に、競争促進を重視し、送配電部門の中立性を向上させるべく構造的な分離(法的分離)に踏み込んだ。安定供給を中心的に担う発送電一貫体制の「一般電気事業者」は、電気事業法の事業類型として廃止され、安定供給は、市場の需給調整機能に期待し、関係する各事業者がそれぞれの責任を果たすことを通じて確保することとされた[9]

 

5.       全面プール制への転換が望まれる背景

4.で指摘したとおり、日本でBG方式を選択し続ける理由は既に成立しない。加えて、2050年カーボンニュートラルが政府目標となり、太陽光発電や風力発電など自然変動電源が大量に導入されることを想定すると、早晩BG方式の限界が顕在化することが見込まれる。すなわち、全面プール制への転換がむしろ望まれる。

自然変動電源が大量に導入されれば、BGは需要だけでなく、自然変動電源の出力変動も予測して需給計画を作成することが求められる。これはBGの負担を増やすと同時に、GC時にBGが系統運用者に提出する需給計画の精度が低下する。需給計画の精度が低下すれば系統運用者が需給ギャップを調整する「しわとり」の負担も増え、需給運用全体の効率が低下する。

 日本と同様にBG方式を採用している欧州では、BGの需給計画の精度を向上させるべく、様々な取り組みが行われているようだ。自然変動電源の出力予測の精度向上は勿論、需給計画作成のためにBGが取得する需要側・供給側のデータを増やす、コマの時間粒度をさらに細かくする(例:30分→15分)、GCを実需給に近くする(例:1時間前→30分前→さらに前)等が行われており、ある程度成功しているようである。しかし、全面プール方式であれば、同時同量確保の責任者である系統運用者は、周波数の変動を観察することにより時々刻々の需給バランス変動を迅速に把握し、全ての電源等を一元的に活用して、需給運用の全体最適を達成することが可能である。つまり、BGがいかに取り組もうとも、得られる情報と活用できる手段におのずと限界がある。

 全面プール制採用にあたっては課題もある。一点あげると、発電事業者の視点から見ると、燃料調達量が見通しにくくなる。これは、発電所の運用がもっぱら系統運用者が主宰する単一市場で決定されるためである。BG方式の下では、発電事業者と小売電気事業者が相対契約を通じて、あらかじめコマごとに定めた電気の量を、あらかじめ定めた単価により取引することを約しており、発電事業者はこれをもとに燃料を調達することができる。

ただし、相対契約は全面プール制の下でも再現することができる。「あらかじめ定めた電気の量」は、発電事業者が当該量を価格ゼロで単一市場に売り入札し、小売電気事業者が成り行き価格で買い入札することにより再現できる。当然に市場価格と契約価格は異なるが、発電事業者と小売電気事業者の間で別途差額を調整する契約(CFD)を締結することによって「あらかじめ定めた単価」も再現することができる。この「ゼロ円入札+CFD」により、発電事業者は発電した電力が安定的に引き取られることを前提に燃料を調達することが可能になる。

もっともゼロ円入札+CFDは、電源のコスト構造とは無関係な入札行動であり、システム全体として電源の最適運用から乖離する。当該小売電気事業者にとっても、自身の価格競争力を低下させる等のデメリットがあるので、過剰な利用にはおのずと歯止めがかかることが想定される。

 

6.       まとめ


日本の電力システム改革においてこれまで採用されてきたBG方式について、全面プール制へ移行すべきであることを指摘した。理由は2つあり、第一に、採用の理由が既に成立していないこと、第二に、BGによる需給運用は得られる情報も運用手段も限定的な制約の中で行われるものであり、このBGによる需給運用に多くを期待するBG方式は、自然変動電源の大量導入が予定される今後の電力システムの運用において、早晩限界が顕在化することが想定されること、である。また、5.では、全面プール方式移行に伴い生じる課題として、発電事業者から見た燃料調達の見通しの悪化があること、しかし、ゼロ円入札+CFDを用いてBG方式と同等程度の予見性を再現できること、も指摘した。

もっとも、ゼロ円入札+CFDにより、燃料調達の予見性の問題がすべて解決できるわけではない。日本政府は2050年カーボンニュートラルを目標として掲げ、産業革命以来の化石燃料中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心の構造に転換するGX(グリーントランスフォーメーション)を推進していく方針を表明している。これにより、今後火力発電がいつまでどの程度活用できるのかが不透明になっており、このことも、燃料調達の見通しを不透明にし、電力安定供給に支障が生じるリスクを高める。これは、電力システムの需給運用が全面プール方式かBG方式かに関係なく生じる問題であり、脱炭素社会への移行プロセスがハードランディングになってしまうことを回避するために、別途対応が必要な課題である。

 

【参考文献】
経済産業省(2003)『今後の望ましい電気事業制度の骨格について』、総合資源エネルギー調査会電気事業分科会報告
経済産業省(2013)『電力システム改革専門委員会報告書』



[1] 系統運用者には、送配電設備を所有し、需給運用・系統運用も行うTSO(Transmission System Operator)、送配電設備を所有せず電力システムの運用だけを行うISO(Independent System Operator)/ RTO(Regional Transmission Organization)があり、TSOは欧州で一般的であり、ISO/RTOは米国で一般的である。

[2] 系統運用者やBGが需給運用に利用可能な発電設備、デマンドレスポンス(DR)等を総称して「電源等」と呼ぶこととする。

[3] 先物市場など、市場価格の変動リスクをヘッジするための金融的な市場はこれとは別に存在しうる。

[4] コントロールの対象が多数になる時は、制御を階層化することはあり得る。

[5] 系統運用者にとっての周波数に相当する指標がないことによる。すべての需要家の電力消費についての高い粒度(例えば秒単位)のデータを、高速大容量通信を活用して収集すれば系統運用者に近い条件で自己の需給状況を把握できる可能性があるが、現時点では現実的と思えないので、ここでは把握できないとした。

[6] 総合資源エネルギー調査会電気事業分科会報告(経済産業省、2003)の該当する記載は次の通り。「電気の特性を考えれば、事業者による電源の調達は、引き続き自己保有又は長期相対契約によるものが中心と考えられるが、上記のとおり、卸電力取引市場の整備は、これらを補完するものである」

[7] 総合資源エネルギー調査会電気事業分科会報告(経済産業省、2003)の該当する記載は次の通り。「電気事業制度の中核的役割を担う一般電気事業者には、エネルギーセキュリティ及び環境負荷の観点から優れた特性を有する原子力発電や水力発電等の初期投資が大きく投資回収期間の長い長期固定電源の推進に向けた取り組みが引き続き期待される」「この意味(筆者注:規制需要家への供給義務、自由化対象需要家への最終保障義務の確実な履行)でも、発電から小売まで一貫した体制で、規制需要等に対し確実に電力供給を行う「責任ある供給主体」として、一般電気事業者制度の存続が求められると言える」

[8] 電力システム改革専門委員会報告書(経済産業省、2013)の該当する記載は次の通り。「卸電力市場活性化は、小売市場における新規参入促進や競争の促進に不可欠であり、「需要家の選択肢」そのものと裏腹の関係にあるため、小売全面自由化を進めるに先だち、最大限の取組により促進されなければならない」

[9] 電力システム改革専門委員会報告書(経済産業省、2013)の該当する記載は次の通り。「新たな枠組みでは、これまで安定供給を担ってきた一般電気事業者という枠組みがなくなることとなるため、供給力・予備力の確保についても、関係する各事業者がそれぞれの責任を果たすことによってはじめて可能となる」