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なんともいたたまれない空気を見せられ続ける拷問のような映画(ほめてる)「僕らの世界が交わるまで」

自分を実際よりも良く見せようとして、さもわかったようなことを言って、でも実はわかっていないことを誰かに指摘されてしまったりとか、
良かれと思って頑張ってみたものの、実は相手には迷惑に思われていて、それを誰かに申し訳なさそうに教えてもらったりとか・・・。

なにかそういう恥ずかしいこと、
夜中にふとそのことを思い出して布団の中で
「あ゛―――――」
と声を出してしまうような、そんな場面、そんな空気、をずっと見せられ続けるような映画。

DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営する母・エヴリンと、ネットのライブ配信で人気の高校生ジギー。社会奉仕に身を捧げる母親と、自分のフォロワーのことしか頭にないZ世代の息子は、いまやお互いのことが分かり合えない。

公式ホームページより

基本的にはこの母と息子の話(父親もいるが影が薄い)。
昔は仲が良かったのに、今では苛立つことなしに接することができないような母と息子なのだが、劇中で父親が指摘するように、独りよがりに突き進んでしまいがちなあたり、似た者同士でもある。
この母子のやることなすことの空回り具合、痛々しさ、がなかなかにキツイ。
心の中で
「あ゛―――」
という声が出てしまう。

しかし、この映画はけっしてこの2人を否定的に描いてはいない。
揶揄も断罪もしていない。
むしろ共感をこめて丁寧に描かれている。
まあ、だからこそ
「あ゛――――」
と声が出てしまうのだが。

丁寧に描かれている、ということで言えば、人物の造形だけではなく、画面のタッチ(16mmフィルムで撮影されたとのこと)や、音楽を流すタイミングや、登場人物が乗る車の車種にいたるまで、隅々まで考えられて丁寧に作られていることが感じられる。
話の着地のさせ方も見事。

これが監督第1作なら、なかなかの新人監督と言えるのではないだろうか。

× × × × × ×

監督はジェシー・アイゼンバーグ。

ジェシー・アイゼンバーグといえば、個人的にはクリステン・スチュワートと共演した「エージェント・ウルトラ」という映画が好きなのだが、一般的にはやはりFacebookの創業者マーク・ザッカーバーグを演じた「ソーシャル・ネットワーク」が代表作となるだろうか。

ペラペラと人を小馬鹿にしたようなおしゃべりで、何事も真剣に受けとめないような態度の小賢しい男。
あるいはそう装うことで自分を守っている男。
そんな演技をさせたら右に出る者がいない役者、という印象だ。

× × × × × ×

他業種ですでに名の有る人間が映画を監督した場合の、これは個人的な偏見なのだが、本来の業種によって期待値の高い低いがある。

まず期待できないのが小説家、それとミュージシャン。
もちろん自分の見た範囲で、ということになるのだが、あんまり良い記憶がない。
かなり酷いものもいくつか思い出せる。

思ったほど良くないのが脚本家。
脚本家の場合は、そこまでの外れ、というのは少ないのだが、期待を超えることがない、ということが多い。

そして一番期待できるのが俳優である。
クリント・イーストウッド
ジョン・カサベテス
まあ、この2人はちょっと別格で、例外とした方が良いかもしれないが、
たとえばショーン・ペンだって大したものだし、ベン・アフレックだって悪くない。

そんなわけでジェシー・アイゼンバーグの初監督作品も期待していたのだが、期待は裏切られなかった。
スゴイ!
というよりは
よく出来てるな、
という感じだが、とりあえず次回作も見たい、と思わせてくれる出来であった。

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