日本舞踊「関の小万」について

最終更新: 2020/02/15
#日本舞踊 #日舞 #関の小万 #関宿 #東海道 #あらすじ #関の戸

くりりんです
今日は、知人が日本舞踊を習い始めて、初舞台に立つと聞いて、
観に行く前に予習した内容をメモします!
関宿は、大好きな和菓子、「関の戸(深川屋陸奥大掾)」

日本舞踊といっても、
いろいろ演目があるのを、初めて知りました!
子供用の演目だと、ウサギとカメとか!!衝撃。

ウサギとカメは、他の方におまかせするとして、笑、
今回は「関の小万」について、まとめておきます!

「関の小万」について
・ 「小万」は、父の仇を討った烈女
・ 東海道の「関宿」にある、福蔵寺に、墓と記念碑がある
・ 「鈴鹿馬子唄(すずか まごうた)」に唄われている
   ※ 「馬子」は、馬を引くことを職業とする人たちの呼称

関の小万が亀山通い 月に雪駄が二十五足

・ 小万の父は、元久留米藩の剣道指南役であったが
  同僚(小野元成)の恨みを買い殺されてしまった
・ 身重の妻は、仇を追って関宿まで来たが子供を産んで間もなく亡くなった
・ この時、子供の行く末と仇討のことを旅籠の主人 庄兵衛に託した
    ※ 旅籠山田屋(現「会津屋」)
・ 子供が5歳の時、宿の主人から両親の悲劇を聞かされた
・ それからというもの、
  雨の日も雪の日も亀山 榊原権八郎の道場に剣術修業に通い始めた
・ 小野元成は小林軍太夫と名前を変え、亀山藩に仕えているのが判明
・ 亀山城大手門前の辻で出会い、晴れて父の仇を討ち果たした
   (天明三年(1783)八月、十八才のとき)
・ 小万はその後も、育てられた旅篭でお礼奉公をした
・ 小万は絶世の美人、仇討に成功した女性という物珍しさもあり、
  街道を上り下りする旅人は多くが心引かれて山田屋に宿泊
  そのため大いに宿は繁盛した

「関の小万」の歌詞・・・
  関の小万は亀山かよひ  色を含むや冬ごもり

  初春の祝いにて     ぬふちょう袖の花笠
  夏は涼しき網代笠    秋は高尾にそめたりな紅葉笠
  それそれ小万      またおどりだせ
  小万てん手拍子がそん揃うた 
  そろたそろた      そろそろそろたとさ
  月の笑顔に       菅笠を揃えて
  そりや誰が笠よ     そりや誰が笠よ
  冬は雪見にかざす袖笠
  花の都の御所塗り笠よ  なりがようて
  さてさてどっこい    ようござる
  
  花の一重は亀山の    花の一重は亀山の
  見ても見あかぬ春景色

以上です!
あとは、当日の感想も別の記事にしようと思います!

機会をくれた友人に感謝しつつ!

【参考ページ】
https://tokaido.canariya.net/hr-02/hiro04/48koman.html
http://www.shimin-kyodo.sakura.ne.jp/bungei/aichikogan/tokaido1.htm
http://kameyamarekihaku.jp/sisi/MinzokuHP/jirei/bunrui11/data11-1/index11_1_5_1.htm
https://www.city.kameyama.mie.jp/soshiki/seibun/bunsupo/machibun/docs/2014112311860/


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