見出し画像

映画『シークレット・ディフェンス』



ジャック・リヴェット『シークレット・ディフェンス』(1998、フランス、173分)
原題:Secret défense


見応えのある作品だった。
頭の中に「?」が浮かぶ『北の橋』や、くっきりと展開するわけではない『彼女たちの舞台』などと比較すれば、リヴェットにしては珍しく物語の骨格がはっきりしている。いわゆるサスペンスものに分類もできるだろう。
ウィリアム・ルブシャンスキーによる安定した撮影と、主演サンドリーヌ・ボネールの常に不安に苛まれ苦痛を隠し耐えているような佇まいが、まるで1950年代のアルフレッド・ヒッチコック作品(とりわけカラーの『裏窓』や『ダイヤルMを廻せ!』など)を現代に甦らせたようで、古典的な風格を兼ね備えている。

パリにあるワクチン開発の研究所に勤める主人公シルヴィ。ある夜、弟のポールが突然現れ、5年前に事故で死んだ父は本当は他殺だったと言う。証拠と言い張る一葉の写真には、父の武器製造会社で2番目の地位を築いていた男が写り込んでいた。確かに彼が裁判の際に証言していたアリバイとは異なることになるのだが、それだけを根拠にポールは無謀とも思える敵討ちに乗り出そうとする。弟を止めつつも、自らも単独で事態を解明しようと動くシルヴィだった。しかし、伏せられていた事実の耐え難い深刻さが次第に明らかになっていく…。


脚本は3人による共同で、リヴェット自らに加えて、常連のPascal Bonitzer(パスカル・ボニツェール)、そしてEmmanuelle Cuau(エマニュエル・キュオ、かな?)。戯曲なり小説なり何らかの先行作品を参照していそうだが、自分たちで書き下ろしている点を評価したい。

映像的には、やたらと移動が多い。それもかなりゆったりと尺を取って見せている。特急列車、メトロ、バイク、タクシー、自家用車。
ここはチラシの作品解説を読んで納得いったのだが、パリ市内と郊外は、この作品の場合それぞれ現在の生活と過去の人間関係が置かれていて、それらを結び繋ぐのが列車なのだ。主人公は二つの世界を行き来する。

画面に必ずと言っていいほど表れる「赤」がモチーフなのは間違いないが、それが何を示しているかは観客側に任されている。主人公の怒りなのかもしれないし、正義感や倫理観かもしれない。壁、照明、シャツ、赤ワイン、そして血…。主人公が着る服も、途中からパステルカラーに変化するのも、また別の何かを示唆しているのだろうか。

郊外で過ごす屋敷もまた「リヴェット的装置」と呼びたいぐらいのもので、陰影を活かした人物の登場シーンも演劇的(絵画的でもある)。室内での立ち居振る舞いも舞台劇のようで、この作家らしい演出と言える。

作中には音楽を入れず、冒頭と最後だけ使っている。その選曲にも込められた意図はありそうだが、クラシックには明るくないのでそこまで汲み取ることはできなかった。


上述の例に引いたヒッチコックはときに猟奇的とも言える傾向を持つが、ここでのリヴェットは予想していたよりもずっと残酷で、より倫理の崩壊した現代を映し出している気がした。
知らされないままだった子どもたちの憤慨も理解できるが、知っていながら日々を送り続けた親たちの苦悩と重圧も想像できる。見かけ上は平穏を保つための防衛機密=シ―クレット・ディフェンスだったのだろう。


秘書役とその妹役が注意深く観れば一人二役だとすぐに気づけるだろうし、彼女の演じ分けも上手いのだが、やはりリヴェットも女性を描くことに秀でている。
役者陣の演技力も圧倒的で、特に2人で向き合う会話の場面だったり、表情や雰囲気で感情を伝えられる点に実力が発揮されている。




【もうひとつのジャック・リヴェット傑作選】として、7/10(水)より東京日仏学院ほか上映。
『シ―クレット・ディフェンス』はここで日本初上映。
リヴェットのファンは要注目だし、初めて観る方もここから入ってもいいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?