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【短編小説】感情を食べる怪物5


何も見えない真っ暗な場所。そこに直人はいた。この場所へ戻ってくる時の感覚は夢から覚めるようだと直人は感じていた。

直人「さて、と。おーい!かみさまー!」

出した大声はどこにも反射せず世界の果てまで響いていく。ここには誰もいないと暗に告げていた。

直人「やっぱり誰もいいひんな」

やはり収穫はなしか。直人はため息をついた。後23時間50分の間は暇だなあと。

直人「なんじゃ。わしを呼んだか?」

直人「うお、びっくりした…………てな感じで出てきてくれないかな」

一人二役で演技をする直人。暇な時間の憂鬱さを健気に吹き飛ばそうとしていた。

直人「1日10分で世界を変えるだっけ? そんなの俺にできたら苦労して生きてきてないっての。そもそも俺は商人やで。商いの事しかわからんし、物がなければ何もできるわけないやん」

直人は悪態をつく。その声は辺りに虚しく響いていた。暗闇が音を吸収していた。

確かにだ。たった1日10分で世界を変えられるなら人はこんなに苦労して生きる必要などない。これまで、平和を目指して戦ってきた人がどれだけいたのだろう。何年もの間、朝廷や殿様が変わりそれでもこの国の争いは終わらなかった。国レベルの争いが終わって表面上は平和になっても、今度はまた別の勢力が一揆を起こした。そうして、人はまた繰り返す。自分たちの生活や主義主張を守るため、あるいは私欲のため戦う。神様から見たら滑稽に映るだろう。

直人「だいたい、なんやねん、あの新人警備員。全然俺のこと助けてくれへんやん。なんで俺が死ななきゃあかんねん」

彼の雰囲気が変わる。

直人「てか、なんだよあの女。中途半端に思わせぶりな態度とって、僕から取れるだけ搾取しやがって。ちょっと見た目がいいからってなんでもアリかよ。いつまでも騙されてやると思うなよ。あー、イライラすんな」

また、空気が変わる。

直人「てか、なんで私が死ななきゃあかんの。何か悪いことした?なんで私の家は貧乏であの女の家は昔ながらの名家なん? 狡い狡い狡い狡い。こんなんで死んだら、今まで頑張ってきたのに全部意味ないやん。なんのために生きてきたの?辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い」

彼は"ソレ"に気がつかない。

直人「というか、なんで向こうの畑は無事で俺の方は被害が大きいんだよ。それなら少しは分け前を恵んでくれてもいいじゃん。俺が鴨を使った新しい稲作方法を見つけたときは"助け合い"が大切だから一人の農家が儲けすぎると全員のバランスが崩れるとか言ってたくせに。ぜってー、嘘。適当なこと言ってんじゃねーよ。あー、早く失せろよくそじじい」

自分が何を喋っているのか、”ダレ”になっているのか。

彼の周りを取り囲む果てしない暗闇は、彼らの声を伺っているようだった。

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