化物語シリーズ_終物語のくらやみ

【短編小説】感情を食べる怪物3


時は夕暮れ。カラスの鳴き声が聞こえ、世界がオレンジ色に染まる頃。えびたは山田商店で直人を待っていた。

--しゅぽん。

直人「待たせたな、えびた」

えびた「唐突にくる感じなのね」

消える時は光り輝いて神々しかったのに、出てくる時は一瞬か。シュールだなとえびたは思った。

直人「まあ、ええやん。そんなことより作戦、考えてきたで!」

えびた「おお!やるね直人!僕も考えてきたよ。直人から話してもらってもいいかな?」

直人「おう、俺は--」


*  *  *


直人「アカンわ。全然思いつかへん」

作戦を出すに出したが、世界を変えるほどのものではないなと二人は思っていた。

圧倒的に感じるこれじゃない感。

案1:商人のノウハウを他の商人に伝える。--直人の才能をフルに発揮できる方法。しかし、これだと時間がかかりすぎる。それに、商人の知恵を伝えることで悲しい生き方をしている人間を変えられる保証はない。

案2:死んだ後に神がいることを広める。直人が10分で消えることを大勢の前で見せつける。--これなら神の存在を信じさせることができるだろう。神がいるとわかれば、人々の振る舞いは変わるかもしれない。しかし、過去にもキリスト教などの宗教で似たような話はあったが、その末路は悲惨なものだった。現在の江戸幕府では宗教は悪しきものとして弾圧されている。表立って信じられるものでなければ、直人を信じた人々が逆に不幸になってしまうかもしれない。リスクが大きい。それは避けたい。

案3:和歌を書いて広める--これなら、直人がいない間も人々が広めるから効率よく世界を変えることができる。和歌の言葉で直人の思いを伝えていけばもっと優しい世界にできるはずだ。しかもノンリスク。確かに良い案だ。

だが--

えびた「これって、直人じゃなくてもできるよね?」

直人「それなんよな。わざわざ神様が俺に託す意味がわからへんのよな」

えびた「それに、これまでも名歌は広まっていたし、それでも人間の生き方は変わっていないよね」

直人「そやなあ。人間の生き方を変えるなんて大業、俺にできるんかなあ」

えびた「…………待って、神様はなんて言ってたんだっけ?僕と直人の"二人"に見所があるとか話していなかったかい?」

直人「そういえばそうやな。ということは二人で成し遂げられることなんかなあ」

えびた「そういうことになるかもね。でも僕だって何か特別なことができるわけじゃないよ」

直人「いや、えびたは世界一の男前やと思うで」

えびた「なんでやねん(笑)そんなんええわ。それより、そろそろ10分にならないかい?」

直人「ほんまやな。また明日も同じ場所でええか?」

えびた「うん、大丈夫。ところで直人はこの世界から消えている間、どうしているんだい?」

直人「うーん。なんか真っ暗な所におるんよな。神様と会ったなんにもみえへん暗闇。やることがないからそこでひたすら世界を変える作戦を考えてるって感じやな。お、そろそろやな」

ここで直人の身体が光り始める。タイムリミットがきた合図だ。

直人「ほな。また明日な」

しゅぽん。

直人はキラリと空に旅立っていった。

えびた「また僕も頑張らんと。…………ん?」

そこでえびたは違和感を感じた。直人が消えた後視界の端に何か蠢くものがみえた気がした。

えびた「気のせいか? 最近不穏な空気を感じているからな。僕の同僚も一人行方不明になったし、何か胸騒ぎがする」

と、ここでえびたは気が付いた。直人のことだ。

えびた「そういえば、直人ってなんで死んだんだろう?物資が不足していたから餓死だと勝手に決めつけていたけど、直接は直人に聞いていなかったな」

いくら物資が不足していたからといって、あの名門一族の商人が簡単に亡くなるだろうか。これまでの取引で十分な蓄えがあったはずだ。直人が死ぬのなら貯蓄的に僕の方がとっくにくたばっているのが自然だ。それなのに、先に直人が死んだ。もしかすると、餓死ではないのでは。えびたは疑念を抱いた。


「--キャアア!!」


突然の叫び声。近くからだ。女性のもので間違いない。

警備人としての血が騒ぎ出す。

えびた「なにごとだ!」

えびたは、走り出した。


*  *  *


えびた「なんだこれは…………?」

現場は無惨だった。道に点在する倒れた人々。それらは白目を剥き、泡を吹いて転がっていた。意識はない。

えびた「いったい何が起こっているんだ……!?」

女性「--キャアア!!」

道の向こうで叫ぶ女性。その女性には黒く蠢く影がまとわりついていた。女性はもがいて取り払おうと抵抗するが、影は離れる気配はない。そうこうしているうちに、だんだんと女性の動きが弱くなりはじめる。しゅわしゅわと音を立ててまとわりつく影。ついに女性は目から光を失い、ついには窒息したように泡を吹いて倒れた。ゴロリと、先ほどまで生きていたものが地面に転がる音。

えびたはあまりの恐ろしさに立ち尽くしているしかなかった。恐怖で身体が動かない。震えが止まらない。このままだとえびたもやられる。

ピクリと、影の動きが突然止まる。まるでえびたに反応したかのように。
影は女性からスルリと抜けるとふらふらと空中を漂いはじめた。

えびた「………っ!」

影は明らかにえびたに向かってきている。殺される。えびたは死を覚悟する。影はもやもやと形を変えながら、じわじわとえびたへ近づいてくる。



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