「箱庭同窓会」登場人物に関して

「箱庭同窓会」という舞台
演劇ユニットメイホリックによる第3回朗読劇「箱庭同窓会」はこれまでの2回の公演とは異なり、理の外の存在等のファンタジー的な要素を排して、現代社会に存在する登場人物達が直面する事件を描いたものである。
物語は単純なハッピーエンドではなく、メイホリックの特徴とも言える人間のダークな要素を含み、観劇後に心に残滓が残る物語は健在である。

物語の構造上、脚本、演出の意図を理解する為には複数回の観劇を要求する物となっているのが難点とも言えるが、逆に複数回の観劇により物語の理解が進み、キャストの細かい演技、表情、所作等に意味を持たせた舞台である事が理解できる。
また、約1時間と言う尺も単体の物語としては、物語中で実際に語られる情報が少なく、物足りなく感じる可能性もあるが、前記の物語構造から語られ、表現される情報の意味が変化し、物語が示唆する情報も膨大であり観応えのある舞台となっている。

メイホリックの朗読劇は、骨子となるストーリーを物語る為に必要な部分以外の舞台・登場人物の背景、設定は最低限となっており、それらは物語を観たものの想像に任されている。
それが故に物語の世界、背景背後にある。


川口すみれの役割と人物設定

物語の最後で重要な役回りを演じる川口すみれの立ち位置は最終場面まではそれほど重要には見えないように設定されている。
彼女に関しての情報は少なく、彼女は成績優秀であり、他の卒業生達とは違う高校(進学校であろう)に進学した事が示されるのみである。

同窓会前半では、藤田亜子の友人であるが美術部幽霊部員の為他の部員とは面識がある程度ということで、亜子の友人としての証言のみで事件との関与はほぼ無い状態である。
彼女は事件に関しても間接的に聞き及んでいるのみで、前半で仮定(誘導)されていた被害者に対して、後ろめたさを感じる事は無い接点しかなく、思い返してみて、亜子に何らかの異変があった事を察することができる程度である。
 彼女が語る亜子とのエピソードは、2人の仲のよさを語るとともに、亜子が状況(美術部の雑用等が愛華のストレスになっている事)を打開する為に助けを求めようとした可能性は考えられるが、実際の理由は不明であり、推測するのみである
また、同窓会後半での回想部での証言もなく、基本的には今回の同窓会と言う企てに巻き込まれた形となっている。

彼女は在学中、幽霊部員と言う立場から美術部内での出来事は何も知らず、事故に関しても友人が見舞われた不幸な事故として捉えていたと思われ、今回の同窓会に積極的に参加する理由は薄かったと考えれるが、同窓会の招待状の追伸の内容から友人である亜子の事故に関して誰かが責任を負うべき事象が発生していた事を察して、その内容を知る為に参加したものと考えられ、比較冷静に今回の同窓会の経過を観察していたと考えられる。

前半での美術部部員たちの証言、言動から亜子が死に追いやられたと思い憤りも感じていたであろう状況の中で、亜子本人の登場とその後の本当の被害者が愛華であった事を知った時点で、驚きはあったものの、同窓会の経過から芹沢先生が何を意図していたかはこの時点で理解した可能性は高い。

彼女は愛華との関係は薄く(幽霊部員として面識はあった程度であろう)、後半では彼女は糾弾される事もなく聞き役にまわり、より冷静に状況を整理でき、他の参加者の状況をみて思考をめぐらす時間も十分にあったと考えられる。
また、彼女は芹沢先生の意図を察した時点で、亜子の登場タイミング(あまりにタイミングが良すぎる)から、亜子が芹沢先生に協力している事も察していたと推定される。
亜子が芹沢先生に協力していると仮定し、明らかになってゆく愛華の遺書の内容と内容に対する亜子の反応から、愛華が亜子に対して害意はなかった(亜子もそう捉えている)ことも理解したはずである。

彼女は、登場人物の中でも客観的に状況を検分出来る立場におり、事故発生以降噂の拡散を含め事故自体に疑念を感じ始めたと推定される(この点に関して他の参加者は当事者としての意識(罪悪感)が高く冷静に状況を検分する事は困難でありった)。
彼女は同窓会前半での各部員の事故に関する証言から意図的な悪意が仕込まれていた可能性に思い至り、事故により望むものを手に入れたであろう悪意の持ち主が誰であるかについても理解したと考えられる。

彼女は友人である亜子に対して悪意を向けたであろう者を理解したが、その場で糾弾する事はしていない。
同窓会の場で彼女を追及した場合、事故が故意に仕組まれていたとしても、必ずしも亜子が被害者になるものではなく、単純な事故であった可能性もあり、悪意の証明は困難である事、更に周囲が彼女を擁護するだろう事も予想でき、結果言い逃れられるだろうと考えたと思われる。

一方で悪意を持つものが、このままでいる事は看過できず、彼女は1対1の対決を選んでいる。
彼女が意図したのは、悪意の存在を証明して糾弾する事ではなく、悪意の存在を理解し実態を理解している者がいる事相手に知らしめる事であると考えられる。
彼女は悪意を持つ者の巧妙さから反省、後悔するだろう事は無い事を理解した上で、今後亜子らに対して悪意を持って接する事を抑制しようとしたのかもしれない。

作劇上、最後のどんでん返しが無ければ、彼女の存在は無くてもストーリの進行上ほぼ問題は無く、最後シーンの為の創造された人物とも考えられる。
関係者ではあるが、当事者ではない、同窓会に呼ばれる理由と出席する理由もギリギリ存在させられ、その立ち位置から、全体を俯瞰的に見渡し悪意の見極め(推定)が出来る人物として存在している(他の登場人物では、当事者、加害者的な立場と心理状態から最後の対決にたどり着く事は困難である)。

朗読劇初見では、あくまで当事者の一人である亜子の背景を説明する為のエピソードを担う人物であると認識させ、物語後半では存在感を希薄にする事により、物語最後の対決での登場で驚きを増している。
しかしながら繰り返し見た場合、同窓会終了後一旦帰宅する際の亜子との会話後に悪意の持ち主の前で一瞬
止まって一瞥すると言う行動から、同窓会の中で確信に至った事を物語っており、これが物語後半での
彼女の思考を追う為のきっかけとなっており、この部分の演技、演出には敬服しかない。

ストーリ全体で見たときには人物設定も絶妙に構築されている必須の人物であるが、大部分では巻き込
まれただけの人物に見えるようにする事により最後の場面のインパクトも増大されており、人物設定と
ストーリーの緻密さを感じる。
物語作劇上で自然に生まれたにしても、物語構造から逆算して考えたとしても、川口さんと言う絶妙な
バランスの登場人物を生み出せる事に脚本高羽柊奈氏の手腕には恐れ入るばかりである。また、絶妙な演出と演技で見事に具現化してくれた岡本芽子氏と眞砂佳奈子(まさごん)さんに感謝を捧げたい。

千尋/仮面を被り続ける者

表面的には善人であるが内に悪意を持つ存在。
色々な物語に良く登場する人物であるが、箱庭同窓会では物語の展開と夏目愛海嬢の演技も相まって類型から外れた存在と化している。

彼女の第三者からの評価にマイナス的なモノは皆無であろう。
どんな相手にも優しく、人当たりよく、気配りも出来、才能もあるが謙虚であり正義感もある人物。
物語の進行上で描かれ、語られる彼女に否定的な部分は一切無い。
過去の回想においても、積極的に他者を害するような発言、行動はしておらず、逆に巻き込まれかねないとみなされている。

しかし、物語の進行中に状況にそぐわない表情を示す時があり、特に後半の愛華視点での回想部分では不穏なものを感じさせる笑みを度々浮かべている。
物語終盤で芹沢先生の協力者としての立場が明らかにされると、協力者としての立場から同窓会が意図通りに展開して満足している表情だったと考えられる事も出来る。
同窓会により芹沢先生が意図した糾弾/復讐に関して一応の決着が着いた後に、彼女の本当の姿が明らかにされる。
これにより彼女の物語の中での言動が全く違って見えてくる。

結末を知った上で物語を辿ってゆくと千尋は常に他者から攻撃的な反応を得ないように、慎重に適切な行動しており、常に自分の本質を他者に見せず作り上げた自分を演じている。
彼女自身の素の状態は、登場時の関心が無い様な無表情な状態だと思われ、他者との遣り取りはその場その場で適切と判断した言動を選択していると考えられる。
彼女が時折表す彼女のの本質を表すような表情と、他者とかかわる時の作られた表情、言動とのギャップを感じられるのは舞台を見ている観客のみである。

芹沢先生の協力者として同窓会の意図を知りながら、言動上は一切それを感じさせない演技をしているが、彼女が常時自分の言動を制御していると考えれば容易に可能である事も分かる。
後半から終盤にかけて時折見られた笑みは、芹沢先生の協力者としての笑みではなく、同窓会が芹沢先生の意図とは別に自分の望む結末に落ち着く事(明確な悪意は存在しなかった)に安心しての笑みとも考えられる。
慎重な言動を続けてきた彼女らしからぬとも思えるが、
 状況的に他の参加者は自分以外に気を回すことが出来る状態ではない事
 表情を見られたとしても、彼女に対する周囲の評価から流される可能性が    高い事
 何らかの指摘を受けた場合でも協力者としての立場から言い逃れできる事
等で自然に漏れ出たものとも考えられる。

彼女の巧妙さは声高に自分を主張することなく、周囲から優しい(優しすぎる)人間でトラブルに巻き込まれないよう守らなければいけない存在と認識させている事である。
その典型が彼女の友人である楓である。
千尋から見た場合、楓は周囲に対する防壁であると同時に、周囲に対して批判的な言動をした場合でも彼女は楓に引っ張られて行動しているだけでその責任は楓がを負う形となっている。
実際の千尋の思惑は別にして、美術部での事件に係る行動は楓の過剰な保護(防衛)行動に引きずられたものと見えるようになっている。

彼女が何時から、どの様な経緯で現在の千尋像を作り上げたかは不明である。最初は自分が周囲から攻撃されない為(過去の外された経験)かもしれないし、周囲から良い人間に見られたい為かもしれない。
彼女は千尋像を完全に演じる為、他者の反応、周囲の状況等を注意深く観察していたと考えられ、事故発生前の憧子と愛華の間のわだかまりをある程度正確に把握していたのは彼女だけであったと考えられる(愛華の状況をある程度把握していたからこそ、愛華に対しても優しい後輩として接していたと考えられる)。

同窓会での事故は巧妙に構築した千尋像の裏にある悪意により発生したと示されているが、何時からその悪意が発生し、悪意を他者に向けるようになったかは窺い知れない。
彼女にとって絵を描く事は彼女の演じる千尋像の中で、他者に誇れ、羨望される唯一の点であったのかもしれない。
その為、彼女の中で「コンクールで中学生として初の最優秀賞を受賞する」事が大きな比重を占める望みとなったのかもしれない。
彼女がその望みを叶えるべく入部した美術部の先輩である憧子は彼女の望みに対する大きな障害であった。憧子の作品が存在する限り彼女望みが叶う事は無い事を理解した彼女の中に悪意が芽生え、やがて悪意を憧子に向け始めたと考えられる。

「コンクールで中学生として初の最優秀賞を受賞する」ために為に彼女が必要とした最低条件は”中学卒業前に憧子が受賞できなくする事”を望んだと考えられる。
即ち、憧子が作成中の作品がコンクールに応募できない事であり、憧子の作品が期日までに完成しない事でもある。

彼女がこう考えていた時に、愛華による作成中の絵を落としてしまう事故が偶然発生し、彼女の望みが労せず叶えられる状況が訪れる。
しかしながら、憧子の絵の修復が間に合いそうな事と憧子の絵のレベルが自分をはるかに凌ぐことを再認識し、憧子が高校進学後もコンクールに応募すれば、彼女の中学生初の受賞は叶わないと考え彼女の悪意は加速して行ったと考えられる。

彼女は、憧子の作品を応募させない事ではなく、憧子が作品を作成できなることを望み、その為に事故が発生するように仕向けたと考えられる。
実際に彼女が仕向けた事故により憧子は右腕に怪我を負い、絵を描く事が出来なくなり不登校となってしまっており、彼女が望む結果が得られている。
更に、事故の直後から愛華に対する誹謗中傷の噂がSNS上で流れ、愛華に非難が集中し、事故の真相は有耶無耶にされ彼女に対して何らかの疑念を抱く者もいない理想的な状況となっている。

彼女は悪意から不具合がある脚立を使うように仕向けたが、美術部の清掃時に発生した(憧子と愛華が脚立を使用する)状況から突発的に行ったものと考えられ、憧子が怪我をせず愛華が怪我をする場合やそもそも事故が起きない場合もあり、彼女の望む結果となる可能性は高くはなかったはずである。
この時、彼女は何らかの事故が起きればよいと考えたのかもしれない。
憧子と愛華が作業をしている間に何らかの事故が起きれば、美術部内にイジメや確執があるとの噂をSNS等に匿名で流し、憧子がコンクールを辞退させるような状況を作り上げられると考えたのかもしれない。

こう考えた場合、実際の事件が発生した際の匿名の噂の拡散に彼女が係っていた可能性も十分考えられる。
救急車が呼ばれた怪我人が出た事故とは言え部活時間に発生した事が翌日(当日夜から)悪意をもって校内関係者に広がっており、匿名で何らかの誘導を行ったかの可能性が考えられる。

ここで再考すると、憧子の作成中の絵を愛華が落とししまう事故が偶然発生したと考えるのは些か彼女にとって都合が良すぎる。
彼女が誰か(愛華以外でも)があくまで偶発的に絵を落としてしまうように細工した可能性も考えられる。
イーゼル上の絵の位置をずらして落ち易くしておく、床に油・絵の具を撒いて滑りやすくする程度の事は行っていた可能性もある(これらは憧子自身や周囲の誰かの不注意によるものと判断される)。

彼女の悪意の恐ろしさは、悪意を直接的な言動としてぶつけるのではなく、間接的に彼女の悪意に沿う状況を作り上げる事であり、彼女が悪意を持っていたとしてもそれが明らかとなり、彼女が責められる可能性が非常に低いことである。

ここで彼女の誤算となったのが川田すみれの存在であろう。
同窓会の中で誰かが違和感を感じ事故の核心である彼女の悪意の影を感じたとしても、彼女の作り上げてきた千尋像がそれを打ち消してくれるはずであり、彼女の周囲には彼女を擁護ずる存在が多数いたことから彼女の悪意が明らかとなる事はない思われる。
彼女は川田すみれに関しての接点は殆ど無いが、幽霊部員であった事から今回の同窓会には巻き込まれた部外者に近く同窓会の中で開示される情報から彼女の悪意にまでたどり着く事は無いと考えであろう。
彼女の想定に反し、川田すみれは、事故当時の美術部の状況等は知らず、今回の同窓会で語られた情報から事件をニュートラルな立場から見れる存在であり、彼女の悪意に存在に至っている。
また、川田すみれは同窓会中の回想や言動から悪意を持つ彼女に対して確実に悪意の存在を知っていることを突きつけられる(他者がいない)状況で追求を行っおり、彼女の本質もある程度把握していたと考えられる。

川田すみれに自分の中の明確な悪意の存在を指摘された後の彼女の反応(笑い)は自嘲か、驕りかは知るよしも無く、彼女が今後どの様に生きていくかは興味深いがそれは別の物語となるのであろう。



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