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八十八夜

緑燃ゆる、とはよく言ったもので、本当に木々の緑が燃えるように猛々しく生えそろう昨今。
今宵は八十八夜。
新茶のお茶摘みの季節ですね。
新茶、今からとっても楽しみ。

思い出話を少し。

4月5月って、好きな人がこの世からいなくなることが多い季節で、個人的に居心地が悪い季節です。

1994年4月末、私は渋谷Bunkamuraル・シネマで『さらば、わが愛/覇王別姫』を鑑賞し、これでもかと号泣して、ボロボロな状態で渋谷HMVに立ち寄り、そこで初めてカート・コバーンの死を知りました。
インターネットのない時代です。当時の一般的なテレビのニュースでは、彼の訃報は大きく報じられることなく、見逃せば、本屋かCDショップでしか、詳細を知ることができませんでした。
同じく映画で号泣してボロボロだった友人が、その死亡記事が貼られた掲示板のところまで私を連れ、泣きながら「本当に死んじゃった」って教えてくれました。いつもいつも死にそうに笑う人だったので、その「本当に」っていうのが妙にリアルで、私も、涙、もうないんじゃないかな?って思ってたのに、それでも出てきて、友人と2人して、なんだか号泣ハイみたいになったの、鮮明に覚えています。

その数日後、アイルトン・セナの事故のレースをテレビの生放送で見て、神様っていないのかな、って強く思ったんでした。
どうしてこうも素晴らしい人たちを、一度に連れてくのだ?と。

それから数年後、1999年には、スカパラドラマーの青木さんが、その10年後には、清志郎さんが、八十八夜の5月2日に、いなくなってしまった。
こんなに木々は緑で、生命力を見せつけているというのに、どうして大切な人たちを連れていってしまうのか?
時間だけでは説明できない、何かの力が働いてるんじゃないかとさえ、思わされます。

それでも、毎年八十八夜はやってくるし、お茶も毎年摘まれます。私はそれを美味しくいただく。けれど、忘れたくない人たちのことが、急に思い出されて、切なくなります。

5月って、個人的に、そんな季節です。


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日々、生き急いでゆきたいな、と思っております。 楽しいこと、美味しいもの、美しいもの、好きなものを、まるっと余すところなく手にしてゆきたいです。

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