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煮込みハンバーグ〈コップ一杯の夢と適量のノンフィクション〉

ハンバーグが食べたいとよく言っていた。定番すぎるというかベタというか、作るのはけっこう面倒なのに。「なんでもいい」と言われるのもいやだったが、手間のかかるリクエストも困る。

コツは玉葱の微塵切りを炒めることだと料理人が話していた。微塵切りは割と好きだ。形を考える必要もなく、包丁で淡々と切り刻む時間は無心になれる。まな板は汚れるしチョッパーでもあると便利なのだろうが、手入れをしないだろうから今のままでいい。不意に涙が出てくるのは玉葱のせいだ。そう思いたい。

私は人参も微塵切りにして一緒に炒める。油とともに香りがたつまでそうしたら、粗熱をとる。そして挽肉、卵、余裕があれば水切りした木綿豆腐も加えて混ぜる。成形して油で熱する。裏返し、醤油・味醂・酒・砂糖・ケチャップを入れたら蓋をして蒸し焼きにする。本格的に作るにはソースやワインなり牛乳なりが要るが、これくらいが丁度いい。

そのままでももちろん美味しい。目玉焼きとご飯でロコモコ風にしてもいいし、カレーライスに加えてもいい。嗚呼、また洗い物が増える。もう一品作る間に洗い物を済ませようか。付け合わせは茹で野菜とポテトサラダ。パリパリポテトサラダの方が好きだが、こればかりはマッシュしたものだ。ただそこにあるだけで輝く主役級の圧倒的存在感。

私はといえばスナップエンドウ未満の立ち位置だ。いてもいなくても困らないけど、いると少しだけ助かる。その程度のものだ。微力でも役立てればよかった。一隅を照らす存在になれれば、誰かの笑顔を見られればよかった。

相手が喜ぶ顔を想像しながら作ると捗る。苦手なものを如何にして食べてもらえるか、そういえばアレが好きだと言っていたな。そんなことを考えながら食材を買い、調理する。1人での食事がこんなにも寂しかったなんて。だから誰かが美味しそうに頬張る姿を見るだけでこちらも嬉しくなる。

まな板の音で目覚める朝も、帰って玄関を開けると夕食の匂いに包まれることもしばらくはお預けか。心に蔓延るモヤが溶けるまで微塵切りをしていく。こんな日は何をリクエストしただろう。隣の家からオニオンスープの香りがする。もうすぐお子さん達が帰ってくるころだ。

不意に涙が流れるのは_____、あなたのせいだ

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