フリーライターはビジネス書を読まない(40)
スーパーマーケットの裏側
面接に通って、私が配属されたのは惣菜売り場だった。
初出勤の日、作業服と長靴を支給するからといわれていたので、指示された通り事務所に顔を出した。その場で、半そでの作業服2着と新品の白い長靴を1足受け取った。
「長袖は後日お渡しします」と、事務所のおばちゃんにいわれた。このおばちゃんもパートタイムで働いていて、ほかに1人正社員の若い女の子が事務所に詰めている。事務所のいちばん奥に、店長のデスクがあった。
作業服の受取書にサインをしていると、
「おはようございます。平藤さんですか」と、30歳くらいで物腰の柔らかそうな男がやってきた。
「惣菜チーフの木島です」
「あっ、今日からお世話になります」
木島のほうが年下だが、組織の建制では上司だから、当然に敬語を使う。木島は年長である私に気を遣って敬語である。
「では、行きましょう」
木島に案内されていったのは、バックヤードと呼ばれるスペース。売り場のちょうど裏側にあり、売り場に並べる商品を準備する場所だ。
惣菜売り場のバックヤードは、そのまんま厨房だった。いちばん奥に揚げ物をする業務用のフライヤーが3台、通路を挟んで作業台、その下と壁際に大型の冷蔵庫と冷凍庫がある。
入口に近いスペースは、寿司をつくる作業場になっていた。ここで巻き寿司、握り寿司、ちらし寿司を、パートのおばちゃんたちがつくるのだ。
バックヤードで常時働いているのはチーフの木島のほか、寿司担当が3人、フライ担当が3人、皆アルバイトとパートタイマーだ。
ひととおり紹介され、型通りの挨拶をした。
「今日いない人には、明日紹介します」
シフト制の勤務なので、寿司担当とフライ担当が毎日1人、誰かが休んでいる。この日もそうだった。社員は木島のほかに、サブチーフとして磯村という若い男がいるらしいが、この日は非番だった。
「では、さっそく簡単な作業からやってもらいましょう」といって、木島は準備を始めた。
反対側の作業台には高校生のバイトがいて、フライヤーからひっきりなしに揚がってくるトリのから揚げ、コロッケ、ミンチカツ、アメリカンドッグなどを、手際よくパック詰めしていた。
フライヤー担当のおばちゃんは、3台のフライヤーを巧みに操って、パック詰めが追い付かないほど次から次へと揚げている。
「では、ほうれん草の胡麻和えをつくりましょう」
木島の声で我に返った。おばちゃんのフライヤーさばきと、高校生バイトの手際よさに見とれていたようだ。
「ほうれん草は、朝一番に出勤した人が解凍します」
木島が指さしたのは、シンクにある水を張ったステンレスのボウル。茹でたほうれん草を1kg袋詰めして冷凍された業務用のほうれん草が、流水解凍されていた。
解凍できたら袋から出し、ボウルにあけて水分を手で絞る。そこへ業務用で粉末の「胡麻和えの素」を1袋ぶちまけて、まんべんなく混ぜる。混ざったら、蓋つきのパックに110gずつ取り分けて、値札シールを貼って売り場に並べるという流れだった。
値札シールを貼って売り場に並べるのはチーフの仕事だから、私がやるのはパックに取り分けて蓋をかぶせるところまで。
スーパーの惣菜って、こうやってつくっているのか。新しい発見だった。そして、いつかこれをネタに1本書いてみたいと思い始めていた。
(つづく)
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