見出し画像

フリーライターはビジネス書を読まない(20)

ラジオ番組から出演オファー

「本名で出すかね? それともペンネームつける?」
先輩ライターを通して、出版社からこんなことを尋ねてきた。

私は少し考えて「夢野 遥」というペンネームを伝えた。以前から、自分の本を出すときは「遥」の字を入れたペンネームにしたいと、ぼんやり考えていた。いい機会なので使うことにしたのだ。
そして頭の片隅で、このペンネームで作家活動をやれたらいいなぁなんてことも、うっすら夢見始めていた。

書き上げた原稿は先輩ライターに渡し、リライトを経て出版社に渡った。10月の予定より遅れたけれど、出版社の社長が、
「なんとか年内には間に合うようにしたい」と頑張ってくれたおかげで、12月に出版されることに決まった。

出版された本は「献本」といって、出版社から放送局や新聞社などのメディア関係に配られる。
東京にあるラジオ放送局がさっそく目をつけてくれて、平日夕方に生で放送されている番組内で1コーナー設けてくれるという。しかも無名の新人にしては異例の、30分も枠を取ると聞いて、出演オファーの電話を切ったときから緊張してしまった。

放送は12月25日の夕方5時からと聞いていたが、コーナーの台本をつくるために、ディレクターから事前インタビューを受けてほしいという。だから午後3時半、出版社の社長と一緒に、元は教会だった建物を利用したラジオ局を訪れた。

小さなミーティングルームみたいな部屋に通されて、担当ディレクターから、出版の動機とか本に書いていない裏話など手短に聞かれる。
「台本をつくってきます」と席を離れたディレクターは、30分もしないうちに戻ってきた。
A4用紙3枚ほどにワープロ打ちされた台本には、番組パーソナリティーとアシスタントの女性タレント、そして私の「セリフ」が書かれてあった。
「パーソナリティーは、多少はアレンジしますけど、だいたいここに書いてある通りに話を振ってきますから、夢野さんもこのセリフ通りに返してください」
はじめてペンネームで呼ばれた。まだ慣れていないから、自分のことだと気づくまで、一瞬間があいた。

なるほど、台本があるんだったら気は楽だ。緊張して声がひっくり返らないようにしないと。

こうしてインタビューと打ち合わせが済んだら、あとは出番までやることがない。スタジオでは、私が出る番組のひとつ前の番組を放送中だ。この番組が終わったら、CMが流れているあいだに出演者がササッと入れ替わって、私も一緒に入って待機するのだ。
私が出るのは、番組の最初のコーナーなのだ。

出番まであと30分というとき、さっきのディレクターが慌てた様子でやってきた。

「速報で、社会党の田邊委員長が辞任の意向を明らかにしたそうです。ちょうど記者会見の時間とかぶります」
当時の社会党委員長・田邊誠である。

「えっ、じゃぁ放送は?」
出版社の社長としては、そっちが気になる。
「本来ならば全カットなんですが、こちらからお願いしてわざわざ大阪から来ていただいたのに、それでは失礼なので5分だけ確保しました」

5分か――。
ガッカリしたような、安心したような、複雑な心境だった。
「これ、5分用の台本です」
さすが、やることが早い。もう差し替え用の台本ができていた。

そんなアクシデントがあって、スタジオに入る。パーソナリティーと挨拶を交わし、示された席に着く。
パーソナリティーは、今もテレビで活躍し、ときにはSNSを賑わす男性タレントだ。アシスタントは、大阪では見かけない中堅の女性タレントだった。

番組のオープニングテーマが流れる。
出番が5分に短縮されたとはいえ、緊張はするものだ。

まだオープニングが終わっていないが、パーソナリティーがディレクターに向かって口を開いた。
「時間がもったいない。やるよ」
カフをあげる。
いよいよ始まった。

(つづく)

――――――――――――――――――――――――――――

◆最近の記事/まいどなニュース
万華鏡、美雲、銀河、茜雲…人気の新品種アジサイ 実は島根県オリジナル!独自開発の4品種が全国へ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?