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季節は移ろう

舞衣とは、よく議論になった。
彼女は僕より年上なのもあるとは思うけど、議論に負けることを嫌っていた。いつでも彼女にとっての正論をぶちかまし、僕をぐうの音も出ないように、こてんぱんにやっつけた。

「シンゴはさあ、しっかりとした将来の計画、ビジョンみたいのは無いの?
という舞衣からの質問に対し、僕が答える。
「生きていく上での目標なんて必要ない。人生なんて全て余興に過ぎない。子孫を残して死んでゆく。それだけが生物が存在する意味の全てじゃないか。人間は弱いから社会に出るまでは親やまわりの助けがいる。でも子供達が社会に旅立ったら、あとは余生を楽しむだけの時間だよ」
まあ、僕の方も多分に、ひねくれてはいたと思うけど。
「そんなの自分の人生に責任を持てないだけの怠け者の思想じゃない。あなたまだ若いのに世捨て人みたいなこと言わないでよ!」
と、ここから延々と一時間、説教をされたこともあった。

僕は彼女と少し距離を置きたくなった。

「愛してる」なんて本気で言った事はない。
時々、彼女は要求してくるが、ふざけて使うか言わされた時だけ「愛してる」と言う。言わないと体に触れさせて貰えないから。
本当に気持ちを伝えたい時には「好き」を使う。
こっちの方が素直に出てくるし、しっくりくる。
「愛してる」って言われても戸惑ってしまう。どう受け止めて良いのか解らない。
「愛しい」なら少し解ると思う。
この辺にも年上の彼女との、考え方や感じ方の違いがあったのかな。

「ねぇ 悪いんだけど、朝目覚めたらそっと帰ってくれないかな。朝、誰かと話をするのが好きじゃないんだよ。君を抱いた後、そのまま眠るのはいいんだ。でも朝、ヒトと喋るのがとても苦手なんだ。あまりしつこく話し掛けられたら、君の事を好きでいられなくなる気がする。だから、次からは僕が君の部屋へ行くよ。そうすれば、君が目覚める前にそっと出て行くことが出来るから」
ある日、僕がそう伝えると、彼女の目尻から黒い筋が頬を伝った。いつも強気な彼女から突然溢れ出した涙に僕は驚き、何も為す術がない。只々、泣き止むのを待つが涙は勢いを増す。
困り果て、胸に抱き締めてみる。胸元は温かく濡れる。
強引に唇にキスをして、それから涙を舌で掬いとる。
もう一度、激しくキスをすると、彼女の体も準備を始める。
お互いに求め合い、果てて終わる。
僕にはそんな事しか出来ない。


春と初夏の香りが混ざりあった風が、季節の変わり目を告げるようにそっと僕の前を通り過ぎていく。
僕の想いだけが、その場に取り残されたように中空に漂う。
伝えられなかった言葉が、時間の流れから外れて行き場をなくしていた。
公園では保育園の園児達が無邪気な声をあげて遊んでいる。
まだ若そうな先生が、強くなってきた日射しから逃げるように木陰に入り、ハンカチで汗を拭う。
僕はベンチに座り、そんな光景を眺めながら彼女の到着を待つ。
握り締めた、季節外れのマフラーに手汗が染み込んでゆく。

「あなたとは最初から色んな事が合わなかったみたい」
というのが、君からの別れの理由だった。
君の言う事はいつも正しかったから、言い返す言葉も見つからず、ただ黙っている事しかできなかった。

それから3日間家に籠って、修復の方法を探った。
判ったのは、君の考えが変わらないだろうという事だけだった。
僕の方も、自分を変えてまで君と付き合う気はおきなかった。

僕は君への想いを断ち切る努力をしようと、部屋の中の物を整理した。その中にあったのがこのミルクティー色のマフラーだ。去年のクリスマスプレゼントで君から貰った物。そのあと、イルミネーションを観ながらふたりで一緒に首に巻いて歩いた、君との想い出。

マフラーを返す為にメールを送った。
明日、いつも行っていたあの公園のベンチで待っていると。
メールの返信は無いまま、僕はベンチで待った。
やはり夕方になっても君は現れなかった。

最後に君に伝えたかった言葉を心の中で繰り返す。
「今までありがとう」
それだけ伝えたかった。
前回の恋愛ほどには未練は無かった。

マフラーに顔を埋めて思いきり匂いを吸い込んだ。
そこにはもう冬の匂いも、君の香りの粒子さえも残ってはいなかった。
僕はそのマフラーを、伝えたかった言葉と一緒にベンチに括りつけて来た。

吹き抜ける風は湿り気を帯び、季節が移ろう様を僕に感じさせてくれた。



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