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スパゲティを啜るヤツ

風谷先輩からの紹介で、男の人と会った。
その人の最初の印象は、スパゲティを啜るヤツ、だった。

「マコトもそろそろ結婚相手をみつけないとね」
と風谷先輩から言われたのは、先輩が結婚を意識していた彼氏さんからフラれた2週間後のことだった。
「私より2つ年上の先輩より先に結婚なんてできませんよ」
と軽口で返したら本気で睨まれ、その後は風谷先輩に言われるがままに、先輩のかつての男友達と会うことになってしまった。

お相手は風谷先輩の大学時代の同級生で、名前は菅原哲太さん。
最近、先輩がたまたま居酒屋で彼と遭遇して話をしているうちに、いいコがいるからと言って、会わせる約束を勝手にしてきたらしい。
私には、とってもいいヤツだから会って損はないよ、なんて笑いながら言ってたのだが……


ずずずずず、ちゅるんっ
風谷先輩を含めて3人で入ったランチ時のカフェ。
目の前の席でスパゲティを啜る男。
ボロネーゼのひき肉を白いシャツの袖に飛ばしている。

私は瞬間的に、隣に座る先輩に向かって抗議の視線を浴びせた。
先輩には言ってあったはずなのだ。スパゲティを啜る人がどれだけ嫌いかということを。ラーメンや蕎麦なら気にならないのに何故か? そう問われても、別にそれがマナーだからとかそういう事はどうでも良くて、何故だかわからないが、スパゲティを啜る音だけは生理的に受け付けないとしか言いようがない。

「ちょっとぉ、スガワラぁ、スパゲティは啜らないでよ、いきなり大きなマイナスポイントだぞ!」
先輩が注意してくれた。が、それに対しての返事がこれだ。
「麺類は啜って食べないと食った気がしないじゃん。もさもさと食ったって美味しくないでしょ」
もうお決まりの言いぐさ。
この時点で私は、この男はもう無いと決めていたんだけどね。

「食べること、やさしい人、読書」
食後のエスプレッソの香りで少し落ち着くと、好きなこと、好きな男性のタイプ、趣味をたて続けに質問された。それに対しての私の答え。
「えっ、びっくりするくらい普通の答え」
菅原さんに半笑いで言われた。
悔しいが、自分でも否定できない。

「じゃあ、スガワラはどういうコがタイプなのよ」
先輩が助け船を出してくれる。
「うーん、そうだなぁ。明るくてやさしくて家族を愛してくれる人」
「ふつー、」と言いかた先輩が 「愛してくれる人? ってめっちゃいいじゃん、家族を愛してくれる人、なんてなかなかこの時代のこの日本では聞かないよ。ねえ、マコトどうよ、こんな純粋なオトコ、どうよったらどうよ」
先輩が急に興奮するから笑っちゃったけど、私にも響いた。
だから減点は取り消してあげた。

あとで本人から聞いた話によると、哲太(今ではそう呼んでいる)の両親は早くに離婚していて、そのせいで弟さんと離ればなれにさせられたり、お互いの新しいパートナーの事ばかり優先して、ロクでもない家庭だったから、ということらしかった。


彼からのプロポーズはそれから3ヶ月後のこと。
「あなたと共に明るく楽しい家庭をつくり、一生、あなたと俺たちの子供を大切にします。だから俺とずっとずっと一緒にいてください」
というのが哲太からのプロポーズの言葉だった。
「絶対に約束だからね、よろしくお願いします」
と私は返した。
そして、冬の浜辺で涙ぐみながら抱きあった。
こんな幸せは今まで感じたことは無かった。
ホントに本当に幸せな瞬間だった。

年を跨いだ春、身内だけを招いてホテルの教会で結婚式をあげた。
私たちは神様の前で、どんな時も互いを敬い、助け合うことを誓った。そして永遠の愛を約束した。

身内以外で唯一招待した風谷先輩の目尻に光るものがあった。
ブーケトスでは勿論、先輩へ丁寧に花束を手渡した。
それを見ていた哲太の顔が綻んだ。
そんな彼の屈託のない笑顔が私は大好きになっていた。


ずずずずずー
大晦日、蕎麦をおもいきり啜る音が部屋に響いている。
私は彼の袖に跳ねた汁を拭いてあげる。
上手く啜れない私を指さして笑う彼。
大きくなり始めたお腹を摩りながら、私も一緒に笑った。
私たちはその時、間違いなく幸せの絶頂を味わっていた。





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