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幸せのカタチ

水谷未希とのあの日の出来事を、夢の中でも何度か体験しながらも、連絡する手段もないまま、悶々とした日々を送っていた。
水谷のことを好きになったのか、恋しているのか、その判断もつかずにいた。
「綺麗な身体に戻さなきゃ」
という彼女の言葉がぐるぐると廻っていた。
彼女は僕のことをどう考えているのだろう。
いくら考えたってそんな事は判らずに、日々を過ごしていた。


そんな時、大学時代に何度か飲み会で一緒だった風谷と、たまたま居酒屋で会った。こちらは会社の同僚二人と一緒で、風谷は女友達を一人連れていた。
一度は軽く挨拶を交わしたくらいで各々の席へ戻ったが、1時間ほど後に、しっかり1時間分酔った風谷が、友達の手を引いて僕たちのテーブルにやって来た。
「ねえ、スガワラくん、私たちも一緒に飲んでいい?」
風谷に手をつかまれている友達は、申し訳なさそうに空いた方の手で謝る仕草をしている。
が、もちろん僕の同僚二人は大喜びで女性二人を迎えた。

僕たちが座っていたテーブルは4人席で、隣の4人席も空いていたから、風谷は女友達を僕たちの席に座らせて、代わりに僕の腕を引っ張って、隣の席に二人で座った。
元々、僕が居た席では同僚二人が女性一人をさっそく盛り上げ始めた。風谷の友達もまんざらではなさそうで、楽しそうに笑っている。
僕の目の前に座った風谷はビールの大ジョッキを注文すると、結婚を考えていた彼氏にフラれたと、半ベソをかきながら訴えていた。
適当に相づちを打っていると、突然こっちの話を訊きたがり、彼女がいないならいいコがいるから紹介してやるからと言い出し、僕のスマホを取り上げて無理やり連絡先を交換させられた。
正直、当時それほど仲が良かった印象は無かったのに、どんどん彼女にリードされて戸惑っていた。でも、気分が悪いという訳ではなく、この状況を楽しんでいる自分もいた。
その日は適当なところで解散したのだが、後日、しっかりと会う段取りが決まった状態で風谷からの連絡が入った。

休日のランチタイムに待ち合わせたカフェは、女性客が多かった。
風谷に案内されてボックス席へ向かうと、そこには大人しそうな女性が座っていた。
彼女の名は真琴。年齢は僕より2つ年下の26歳。
スパゲティを啜る人が苦手だという事はあとから知った。
僕はその日の内に彼女のことが気になり始め、次の約束をとりつけて、そして会う度に彼女のことを好きになっていた。
自分は惚れやすい質なのかとも考えたが、この人しかいないと素直に思えた。
一見、大人しく見える彼女の中に、しっかりとした力強い芯のようなものを感じ取ることができる。
初めて会ってから3ヶ月目の冬、僕は真琴に結婚を申し込んだ。
彼女からの返事は、イエスだった。

ウチの両親と真琴のお父さんに報告し、式は春に身内だけで行う事に決めた。
真琴のお父さんからの提案で、それまでの間、同棲してみたらどうだと言われ、ウチの両親もそれに賛成して、真琴が僕の部屋で住み始めた。
そこにはなんの問題も無かった。
ただただ幸せなだけだった。

「軽くチュッとしただけですよー。そんな舌を絡めたり淫らな事はしていませんからー。ホントに軽く、小鳥みたいなフレンチキスですよ。フレンチキス」
ソファーに寝転んでスマホを弄っていた僕の耳に、テレビのバラエティー番組に出演する元アイドルの声が飛び込んできた。

「ねえ、マコト。フレンチキスってさ、ディープキスの事だよなぁ。間違ったこと言ってるのに、なんでこの番組の出演者たちはみんな指摘しないんだろう。それともみんなバードキスの事をフレンチキスだと、当たり前に思っているのかなぁ」
僕はお皿を洗っている真琴に向かってそう話しかけた。

「あのさ、この言葉ってもう、軽いキスという意味で使う方が市民権を得ているふうなところもあるじゃない。だからさ、他の出演者もわざわざ話を遮ってまで指摘したりしないのよ。きっと」
ソファーから起き上がり、溶けて小さくなった氷しか残っていないグラスの中へウイスキーを注ぐ。

「まぁ、そうかもしれないけど、それってどうなのかな。それともテレビから得る情報ってけっこう多いのにさ、そのテレビに出ている人たちが間違った情報を垂れ流しているなんてさ、良くないことなんじゃないかって思うんだけど」
洗いものを終えた真琴がソファーの僕の隣に座る。

「それはそうなんだけどね、この人たちにとっては流れなんかを止める事の方が、間違いを指摘する事よりもずっと大切な事なんじゃないのかな」
僕はウイスキーを口に含み、彼女の見解について考えてみる。

「そうなんだろうね。でもやっぱり聞いていてなんだか気持ち悪いな。そういうの。みんなで忖度っていうか、流れとか雰囲気ばっかり気にしちゃってさ」
「まぁいいじゃない。そんなのテレビの中の事なんだからさ。そんなことより……」
と言いかけて真琴は僕の飲んでいたグラスを手に取り、ウイスキーを口に含んだ。そして僕の頬を両手で挟み、顔を近づけそして唇を合わせた。口内に温かく、甘味を伴った液体が流れ込んでくる。僕はその液体をゆっくりと呑みこむ。アルコールの刺激を受けて敏感になった僕の舌に、ぬるりと真琴の舌が絡まってきた。僕は堪らず妻を抱き寄せる。互いの舌が、互いの口内を探り合う。

テレビの画面では、さっきの元アイドルがこちらを向いて楽しそうに笑っている。彼女に本当のフレンチキスを見せつけているようで、僕は余計に興奮した。僕たちにはもう、その勢いを止めることなど出来なかった。


彼女と同棲を始めてすぐ、ネコをウチに連れて来た。
猫にネコという名前をつけたのは僕だ。

友人が引っ越しをする際に、猫を飼えなくなってしまったので、引き取ってくれないかと言われ、連れて帰った。
彼女がいろんな名前を呼んで、本人(猫)が一番気にいった(反応した)名前にしようと提案し実行している間、僕はずっとネコと呼んでいた。
そしたらネコと呼ぶのに反応するようになってしまったから、彼女も渋々ネコと呼ぶようになった。

ネコはなんとも安心しきった表情で彼女に抱かれている。
僕も彼女の膝枕を狙っていたので悔しくてたまらない。
それと同時に、僕にはあまり懐かないネコを、いとも簡単に手懐けている彼女が羨ましいとも感じている。
僕はテレビのモニターに顔を向けたまま、ふて腐れたような口調で「晩ご飯なににする?」と、彼女に声をかけた。
彼女はネコの顎の下をさすりながら「なんでもいいよ」と興味なさそうに答えた。
その態度にカチンときた僕は「じゃあ、残り物で適当に作るよ」と伝えて、キッチンへ向かい、正月の残りの切り餅を出した。

換気扇の下に七輪を置き、網の上で餅を焼く。
「ねえ、どうしたの?」
彼女がソファーの上から声をかけてくる。
「今、している事が今の僕の気持ち」
焼き目を確認しながら、ぶっきらぼうに答える。
「えっ、なに? どういうこと?」
僕は黙ったまま、かつお節を醤油とみりんで浸けてから、焼けた餅の上にのせ、炙った焼きのりで巻いた。

彼女の前に焼けた餅を置くと、真琴はニヤニヤとしながら僕を見た。
「わかった、ヤキモチね!」
そしてネコの頭をわさわさとかき混ぜるように撫でながら、
「私たちにヤキモチを妬いてるんだって」
とネコに向かって言った。

僕が恥ずかしいのとヤキモチとイライラが混ざった複雑な気持ちでいると、「しょうがないなぁ」と言いながら彼女は立ち上がり、僕の横に歩みよって来た。
急にどかされたネコは毛繕いを始めた。
そして彼女は、僕の頭をネコと同じようにわさわさとかき混ぜた。

彼女が両腕を広げたので、僕は屈みながら彼女の胸に顔を埋めた。彼女は「よしよし、甘えん坊さんねぇ」と言いながら、また僕の頭を撫でてくれた。セーター越しの彼女の匂いに幸せを感じた。
「さあ、食べよっ!」
という元気な彼女の声を合図に、二人並んで餅を頬張った。

ネコが珍しく、胡座をかいた僕の膝に乗って、丸まった。
あくびをしながら合わせた目は、世話のやけるヤツだな、と言っているように見えた。



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