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春の恵み

母親がまだ若かった頃に買った土地がある。
地元の山中の50㎡の土地だ。
第二東名が通る予定地でこれから値が上がるからと言われ、数十万円で購入したものの、第二東名のルートが予定より少しずれて、売ろうにも買ってくれる不動産屋もないような土地だ。

山道を上がる途中で脇道に入った、共同の私有道路の行き止まりのすぐ手前にある土地は、その私有道路の隣に僅か50cm幅の土地とその下の崖、それから崖の下の沢までが私有地となっている。どう見ても使い用の無い土地だ。

その共同の私有道路へ入る道の脇に30cmくらいの幅で、湧水が流れる場所がある。
そこでは毎春の始めにクレソンが取れ、今年もその場所へ向かった。

私有道路を上がる手前で車を停め、クレソンを摘む。
ほんの10分ほどで持参した笊いっぱいのクレソンが取れた。
私有道路の反対側を流れる小川でクレソンを洗う。
澄んだ小川の水が少し濁り、銀色に光る川魚が逃げていった。


家に戻り、鍋に昆布ときざみ生姜、そして少しの酒を入れ湯を沸かす。
クレソンの茎の太い部分だけ切り落とす。
ダイニングのテーブルの上には、カセットコンロとスーパーで買った豚の三枚肉と冷えた缶ビール。

鍋をカセットコンロの上に移して、火を点ける。
鍋いっぱいにクレソンを入れ、しばらく後に豚の三枚肉を入れる。
取り皿にポン酢を注ぎ、豚肉に火が通るのを待つ。
缶ビールのプルトップを開け、一口啜る。

菜箸で豚肉と一緒にたっぷりのクレソンをつかみ、ポン酢の入った取り皿へと移す。
自分の箸に持ち替え、湯気のたったそれを口に運び咀嚼する。
豚肉の甘さとポン酢の酸味が私の舌を喜ばせる。
少し遅れてクレソンのほんのりとした苦味がやってくる。
これぞ春の味覚だ。

春の山菜は総じて苦味がある。
成長しようと試みる、生命力の溢れた味だ。
我々はその命をいただき、自らの身体を生命力で満たす。
身体も気持ちも元気になる。

私は酒をビールから日本酒に変え、クレソンのおひたしをつまむ。
至福な時は続く。






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