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【侵し、侵され。】②鎧と殻を纏う


天気は快晴。湿り気を帯びてきた朝の空気を吸い込みながらひとりつぶやく。学校に行きたくないよー。いつもの通学路を歩く足が重い。憂鬱。


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昨日、家に遊びに来ていたクラスの友達を家に帰したあと、絨毯の上の惨状にボーッとしていると、お母さんの車が車庫に入る音がした。階段を降りて玄関に向かう。

扉を開け、僕が立っているのを確認したお母さんの顔が、見る見る鬼の形相に変わっていった。

「なんで私があんな言い方されなくちゃならないのよ」

お母さんは僕を押し退けるようにして家の中へ入っていった。居間に向かうお母さんのあとを、僕もついていく。

お母さんは、ソファーにドサッと体をあずけると、ソファーの背に頭を乗せ、天井を見上げながら苛立ちを吐き出した。

どうやら、メグちゃんを家まで送って行くと、玄関先まで迎えに出たメグちゃんちのお母さんが、顔にケガをしたメグちゃんを見て、怒り出したようだ。

「相手はネコなんだから仕方ないでしょ。なんならネコなんて、引っ掻くのが仕事なんだから。あの子たちがテンを追いかけ回したりなんかしなければ、ケガなんてしなかったでしょうに」

一気に捲し立てるように話し終わると、お母さんは天井を向いたまま目を閉じた。

と思ったら、グワッと目を見開いて僕を見た。あっ、怒られる。その時の顔だ。

「そもそもあんたがあんなに大勢の子たちを連れて来るのがいけないのよ。友達が遊びに来るって、3、4人の話しだと思ってたわよ。それがあんなにたくさん。しかも入って来るなりズカズカと遠慮もなく家中かけずりまわって。それでまるで一頭の獲物を狩る縄文人みたいにみんなでテンのこと、とり囲んじゃったりして。そりゃあテンだって、ただ黙って捕まりたくなんかないから反撃くらいするわよ。それをちょっと引っ掛かれたくらいであんなにビービー泣いちゃって。あんたがちゃんとみんなを自分の部屋におとなしく連れて行ってればあんな事にはならなかったのに」

あまり納得はいかなかったけど、お母さんの怒りを静めるためにとりあえず謝った。

「ごめんなさい」

ウチに僕の友達が遊びに来るからって、映画を観に出かけていたお父さんとお兄ちゃんが、車で帰って来る音が聞こえた。

車のドアが開く音がすると、さぞかし楽しかったのか、お兄ちゃんは興奮気味に映画の話しをしていた。

「お父さんとお兄ちゃんが帰ってきた。夕飯の支度をしなくちゃ。いい、これからしばらくはウチに友達を連れて来るのは禁止。わかったわね」

僕ももう友達なんか家に呼ぶつもりはなかった。それより2階のこともお母さんに伝えなくちゃ。イヤだけど。

「わかった。。。お母さん、えっと、あのね、、、」

お母さんは気だるそうにソファーから立ち上がる。

「なーに、夕飯つくるから、それからにしてくれる」

台所へと行ってしまった。またあとで怒られるのか。


「ただいまー」

お兄ちゃんの元気な声。僕はこんなに落ち込んでいるのに。

洗面所で手洗いうがいを済ませたお父さんが居間に入ってきた。

「おうっ、キヨトただいま。どうだ、友達と楽しく遊べたか?」

僕が目を伏せてモジモジしていると

「あっ、障子。先週貼り替えたばっかりなのに。もう破きやがったな。誰だ破いたの」

「破いたのはテンなんだけどね、、、」

「ちょっとあなた聞いてよー」

お母さんが台所からお父さんに話しかける。お父さんは台所に向かった。

お母さんが説明しながら愚痴っている声が聞こえる。

しばらくすると、2階に上がっていったお兄ちゃんの叫び声が聞こえた。

「なんだこりゃっ」

お父さんとお母さんが急いで階段を駆け上がる。終わった。いや、これから始まる地獄の時間。

「ちょっと、キヨトこっちに来なさい」

僕はトボトボと階段を昇り、裁判と処刑の現場へと向かった。

2階に上がった僕は、泣きながら飛びかかってきたお兄ちゃんにまず殴られた。すぐに止めに入ったお父さんには、冷静にゲンゴツをくらった。不思議と涙は出てこなかった。すべてを諦めたからだろうか。

それから絨毯の上の惨状の説明をした。血がついたことに対して説明していると、電話が鳴った。タカオ君ちのお母さんからだった。電話に出たお父さんはずっと頭を下げながら謝っていた。電話が終わったあと、お父さんからもう一発ゲンゴツをもらった。今度のは感情をあらわした強烈な一発だった。今回は、目の縁に涙が滲んだ。

それからお父さんとお母さんに連れられて、タカオ君のウチに謝りに向かった。途中で洋菓子屋さんに寄った。お母さんがケーキを選んでいる間、僕は車の後部座席で、頭にできたコブをさすっていた。左の頬はジンジンしている。


朝食のテーブルは普段よりも静かだった。お兄ちゃんはまだゲームソフトが壊れたことで、怒って口もきいてくれない。お父さんも不機嫌そうに黙っている。お母さんだけがお弁当の支度をしながらブツブツいっている。

「もー 一日で2軒も謝りに行かなきゃならないなんて、思ってもいなかったわよ、まったく」

お父さんは食事が終わると、仕事に出る前に僕に言った。

「もう友達を殴ったりしちゃダメだぞ。今日、学校へ行ったらもう一度ちゃんと謝れよ」


なんで僕があやまらなけりゃならないんだよ。昨日も無理矢理あやまらされたのに。あーそれにしても頬っぺたがまだ痛い。



教室に着くとクラスのみんなが輪になって、なにやら話していた。

おはようと声をかけても、数人がチラッとこちらを向いただけで、今度はヒソヒソ声で喋り始めた。自分の席に向かうと、黒板に落書きされているのが目に入った。

目が赤く塗られた悪魔のような猫の絵の横に〈きょうぼうネコ〉とか、そのとなりに〈ぼうりょくにんげん〉とか、〈くさいへやにすむおとこ〉とか、〈きゃくにケーキをださないウチ〉とか。

もう謝る気なんてなくなった。

机にも同じような落書きがされていた。鉛筆で書かれていたので、筆箱から消しゴムを取り出して消した。チャイムが鳴り、先生が現れた。先生はため息をついたあと、黒板の落書きを消した。

「はい。黒板に勝手に落書きをしない。それからキヨト君、朝礼が終わったら先生と一緒に職員室に来るように」

クラスのみんながクスクスと笑う声がした。

なんだか怒りたいような、泣きたいような、恥ずかしいような、よくわからない不快な気持ちだった。

納得がいかなかった。

勝手に振る舞うクラスメイト。僕を叱る親や先生。

荒らされたのは僕だ、怒りたいのは僕だ。


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そうしてその日から僕は、二度とこんな気持ちになることがないように、見えない鎧をまとい、その上からまた見えない殻を被った。体にも心にも。

誰からも侵されないように。

その言葉を見つけたのは、もっと後のことだけれど。



《続く》



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