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◆遠吠えコラム・「どうする家康・第6話『続・瀬名奪還作戦』」・「女子高生にきゃあきゃあ言われる淳平くんはもういない」(写真は今川氏真像)

 今週は先週に引き続き、瀬名(演・有村架純)奪還作戦。松平元康(演・松本潤)は、駿府にいる妻子を密かに三河へ連れ出す任務を、忍者集団・服部一族に託す。しかし、今川家に作戦を察知され、奪還は失敗。腕利きの忍びたちも今川方の待ち伏せに遭って皆殺しにされる。唯一生き残った頭目の服部半蔵(演・山田孝之)は、奪還作戦を立案した本多正信(演・松山ケンイチ)と共に作戦失敗の責任を追及されることに。窮地に立たされた2人は、苦し紛れに、今川家に近しい武将・鵜殿長照がいる上ノ郷城を攻め、長照と長照の子を生け捕りにした上で、駿府の瀬名と人質交換を持ち掛けるという作戦を提案する。一方、瀬名もまた、窮地に立たされていた。奪還作戦の失敗で、瀬名と彼女の実家の関口家の人々は、今川家を裏切った元康との内通の嫌疑をかけられ、今川氏真から極刑を言い渡される。

 今回の第6話のMVPはなんと言っても、今川氏真を演じる溝端淳平だろう。溝端と言えば、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞し、華々しくデビューしたイケメン俳優だ。ドラマ「花ざかりの君たちへ~イケメンパラダイス」とか、映画「赤い糸」、「高校デビュー」などで美青年を演じ、女子高生たちから黄色い声援を浴びていた。あとは、阿部寛主演のドラマ「新参者」の未熟な若い刑事・松宮や、長澤まさみ主演のドラマ「都市伝説の女」の鑑識課の刑事・勝浦のように、ちょっとドジだけど、どこか可愛げがあるキャラクターを演じさせればピカイチといった印象が強かった。

 「どうする家康」で彼が演じた今川氏真で、自分がこれまで抱いていた溝端淳平像が見事に打ち砕かれた。今川氏真は、「海道一の弓取り」と称された当代随一の武将・今川義元の嫡男。桶狭間の戦いで突如亡くなった父の後を継いだが、甲斐の武田信玄との抗争に敗れるなどして駿府滅亡を招いた暗君として語られることが多かった。ドラマ上でも、今川家から離反した三河衆の妻子を見せしめに処刑する冷酷さを見せていた。一方で、自身の未熟さを痛感しながら偉大な父の面影を追い求めて苦悩する一面も描かれていた。この複雑な氏真像を演じる溝端淳平は、女子高生が一挙手一投足にきゃあきゃあと声を上げて興奮するかつてのイケメン俳優とは一線を画していたように思う。

 氏真は、瀬名を巡って元康と深い因縁がある。氏真は今川家の家臣関口氏純の娘である瀬名を側室に迎えようとしていた。我が子をたくましく育てたい思いからだろうか、父義元は、元康との仕合で勝つことを、瀬名を側室に迎える条件とする。第1話の武術対決のシーンだ。氏真との勝負に臨む元康はというと、瀬名にベタ惚れ。臣下の礼を重んじれば、氏真に負けるべきだろう。しかし氏真が勝てば、思いを寄せている瀬名は、今川家へ嫁いでしまう。葛藤した末、惚れた女のために「本気」を出した元康によって、氏真は無様に地をなめることになる。

 晴れて元康は瀬名と結ばれることとなるが、幸せに満ちた2人の婚姻は、ドラマ上における氏真に暗い影を落とす。元康の裏切りを知って怒りに燃える氏真は、瀬名を側室に迎えることを条件に元康の罪を許すよう提案する。今川家当主の立場を利用して惚れた女を手に入れようというのだ。要はパワハラだ。しかも瀬名を自らの床の間へ呼び寄せ、暴力でもって屈服させようと試みている。パワハラな上にセクハラだ。それでも瀬名の心までは支配することはできなかった。瀬名の心は尚、今川家を裏切った元康にあった。父の死で今川家の最高権力者となったにも関わらず、目の前にある欲しいものを思い通りにできないイラ立ち、自分とは対照的に遠く離れていても愛するものをその手に宿す元康への嫉妬、これらの感情が複雑に刻まれた氏真の哀しき横顔を表現した溝端淳平の演技は見事としか言いようがなかった。

 溝端淳平演じる哀しき氏真のすばらしさの一方、釈然としなかった部分もある。第6話の終盤、氏真は人質交換の際にだまし討ちをして瀬名たちを亡きものにしようと画策する場面。脇に構えた鉄砲隊に射撃命令を下そうとした氏真だが、瀬名の胸に抱かれた竹千代(後の松平信康)が、「父上、父上」と父・元康との再会を喜んで叫ぶ声を聞いて、思いとどまる。父親を慕っていたかつての自分を思い出したのだろうか。もしくは父上を失う悲しみを、いたいけな子どもに味合わせたくないと、手を緩めたのだろうか。ただ、氏真は父を亡くしている。しかも、父を亡きものにしたのは、元康が同盟を結んだ織田信長(演・岡田准一)だ。元康のことを心の底から憎んでいるのであれば、家族を失う悲しみを、愛するものを奪われる苦しみを味合わせてやろうと思いそうなものだが。だって、氏真にとって元康は好きな女を奪った恋敵でもあり、大好きな父親を殺した奴と手を結んだ裏切り者だ。むしろ、「父上、父上」って竹千代の叫びがトリガーになりかねない。それくらい怒り狂っていてもおかしくないだろう。怒りに憑りつかれた氏真が人間性を取り戻す姿を表現したかったのだろうが、怒りと悲しみが入り混じった氏真だって十分人間らしいと思う。

 まあでも、怒りに任せてゴーサインを出していたら歴史が変わってしまうから、あれでよかったのかも。氏真は、三河を平定した後に駿河へ侵攻してきた徳川家康と戦うことになるが、同時期に遠江を攻めてきた武田信玄への対策のため、駿河・掛川城を家康に明け渡して和睦している。これを機に氏真は駿河の統治権を失うが、妻の実家北条氏でかくまわれた後、徳川家康の庇護を受けて江戸時代まで生き延びている。氏真と家康の因縁は最終回まで続きそうだ。

 最後にもう一人、拍手を送りたいのが、女大鼠を演じた松本まりかだ。台詞が一言しかなかったのにあの存在感と太ももで視聴者の心を一気にかっさらった。一方、同じ松本でも主人公・松平元康演じる松本潤は回を追うごとに存在感が薄くなっていっている気がするのは私だけか。逆にあの存在感の薄さが、曲者ぞろいの三河衆がのびのび活躍できる雰囲気を作っていると解釈すればいいのかもしれないが…。
(了)

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