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自己肯定についてやってたこと。/2020.7.23

前々からぼんやり頭にあったけど、先日本屋に行っておおよそ固まった話がある。

「自己肯定」について。

「自己肯定感を上げるコツ」「自分を否定しない方法」みたいな本がずらーっと並んでいるのをみて、ずっと疑問だった。
世の中そんなに自分が好きじゃない人が多いのかなと。

そんなことを意識しないで生きてこれたのに、「自己肯定感」って言葉がメジャーになったから、みんなこぞってその評価で自分を査定しはじめたのか。元来ネガティブな人にわざわざ「あなたは自信がないんですね。こうすれば自分を好きになれますよ。」みたいな、そっちは違いますよこっちですなんて軌道修正させられてるみたいでなんて残酷なことをするんだろうと思う。

そこじゃないだろう、と思うんだよ。
自己肯定へのアプローチが違うんじゃないかと思うわけ。

あえて自分を肯定しようとしたことは一度もないけど。わたしは自己肯定感はある方だと思う。
自分に対する評価は低めだ。これといった特技もないし、容姿が優れてるわけでもない、頭がいいわけでもない、どこにでもいるそこそこの人間だと思う。でも自己肯定感はある。元々の性格もあるかもしれない。

もしかしたら自己啓発本に書かれてる手法を自然と取っているのかもしれないけど、その系統の本を読んだことがないので判断はできない。
しかし知らずとも、わたしは低い評価の自分をきちんと肯定できている

思うにそれらの本に書かれていることは、主に方法論が多いだろう。
方法は大事だと思う。ただこれだけじゃ不足だと思う。
もう1つ大事で必要なことは、言葉をもつこと思う

持ち上げるにしても、持ち上げるための筋肉がなきゃ。
きっとそれについて書かれてる本は少ないんじゃないかな。わからないけど。『自己肯定辞典』みたいな。

なんでこの結論に至ったかというと、わたしはアイドルが好きだからだ。

自分の推しに向かって、日々褒めるということをしている。
「優勝」「尊い」といったスラングが多用されがちだけど、わたしはそれらを意図的に使わないようにしている。言われる側はそんな平凡な言葉は聞きあきてるだろうから。せっかくなら新鮮味を感じれるような工夫した言葉で褒めて喜んでほしいと願っている。

これが自己肯定につながる筋トレになっているんじゃないかと思った。
日常的な称賛で、自然と人の良いところに目を向くようになっている。

わたしの感覚だけど、脳内をいい言葉で満たすとそれだけで、ネガティブな気持ちが起きにくい。
「ピンクの象を想像しないでください。」という有名な話、人間は否定形を理解できないメカニズムをもつ。否定するということは脳に浮かんだことに×をつける能動的な二重行動だから、より強くインプットされると思う。サラ人間の脳は主語を理解しないんじゃないかと思う。

目の前が前になる言葉をたくさん身に着けたほうが、方法を知るより有効だとわたしは思う。

さあ水樹奈々と日向坂46を推しましょう。

おしまい。


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