今の日向坂46に『日向坂で会いましょう』は果たして必要なのか
今回も『日向坂で会いましょう』おもしろかったですね。
うすらずっとおもしろかった【そろそろ渡辺莉奈の公式お姉ちゃんを決めましょう!!】という今回の企画。誰しもが一度は「どの兄弟が欲しいか」という話題を通るのではないだろうか。わたしはお姉ちゃんが欲しいかもしれない。
渡辺莉奈の公式お姉ちゃんの座を巡って日向坂メンバーが様々なゲームで覇を競う構図は【そろそろ若様のご贔屓メンバーを決め直しましょう】企画を思い出すのだが、5年も前の企画とくらべることのナンセンスさは承知の上で、しかし5年という時間で『日向坂で会いましょう』がどのように変貌していったのかをうかがい知れた。
さいきんこの番組について思う、少し寂しいところがある。いま日向坂46に『日向坂で会いましょう』は必要とされていないのではないかということについて。
『ひらがな推し』が始まり、『日向坂で会いましょう』になり、雑誌で特集が組まれるほど日向坂46の代名詞として名を上げ、共に個々人へスポットライトが当たるようになったことでテレビ、ラジオを主に自分の強みを生かせる場所へと一躍に広げていった。若様ご贔屓企画は番組が改名した2019年11月に行われたというのだから、そのスピード感たるや疾風の如しだ。
アンガ田中ドッキリ企画、それ盛ってんで企画、思い返せば数え切れないほど面白い企画が続々と生まれていく中で現れた、メンバーの空席。席が空くということは仕事の依頼があったということで、喜ばしいことだ。ちょうどこの頃、日向坂46初の加入メンバー、3期生が加入した。
それから暦は過ぎ、2022年日向坂4期生が加入することになる。この頃には齊藤京子の『キョコロヒー』、影山優佳のW杯をはじめとするサッカー仕事、他にもレギュラーラジオや舞台出演など、日向坂メンバーの中で活躍の場が複数ある状態ができあがっていた。
これはわたしの想像にすぎないが、このような状態になると良くも悪くも『日向坂で会いましょう』でリスクを取る必要がなくなってくる。平和に維持されている治安のように、『ひらがな推し』から数えて足掛け6年半、築いたこの番組の安生活基盤の安定は「ウケるかわからないけどやってみる」という心の負担を軽減しているのだ。
だからこそ今回の松田好花の思いきりの良さは輝いて見えた。行動より思考が先立つ彼女があそこまで振り切った行動に出ていたのは、たとえばラジオやテレビの生放送など、彼女が積んだキャリアがもたらしてくれた行動に同期できる思考の賜物だったといえよう。
4期生においては『日向坂になりましょう』『日向坂ミュージックパレード』と、数ある選択肢を適材適所にペルソナを選択することの大変さがありながらもより良いセルフプロデュースを目指すことができる、たいへん恵まれた環境にある。事務所の売り出し戦略などもあるのだろうが、やはり4期生加入というきっかけによって、またそれに伴った教習的企画が行われた辺りで『日向坂で会いましょう』のテイストが徐々に変わっていった今日この頃。
今回の、いや近年のずっと楽しい『日向坂で会いましょう』のテイストは、バラエティ番組の毒を呑み戦なくてはいけない場所がメンバー交代の自浄作用によって無毒化に成功したバラエティ番組の姿なのではないかと感じる。
あの頃の番組のファンとしてはかなしいかな、日向坂46が頑張れば頑張るほど『日向坂で会いましょう』の重要度がすこしずつ減ってゆく。しかしそれは必然であり当然、自然の摂理というもので誰を咎める必要のない現象なのだ。
だがしかし変化した環境の中で、たとえば今回後編の富田鈴花のように適応して結果を残しているメンバーもいる。佐々木久美のように後進のために一歩下がることを選択しているメンバーもいる。もちろん4期生はかつての1、2、3期生のように今日のヒーローを目指して戦うメンバーもいる。
思い出されるのは「日向坂には先輩がいない」という佐々木久美の言葉だ。この言葉をヒントにするなら、今の日向坂46は”先輩がいる日向坂46”なのかもしれない。
環境やキャリアが変化して変貌を遂げた『日向坂で会いましょう』であっても、今回の企画でもわたしが見てた通り、いたずら心と勇気を持ってメンバーが頑張る場所であることは変わりはなかった。
今回の【そろそろ渡辺莉奈の公式お姉ちゃんを決めましょう!!】を通して、そしてこのテキストを通して、わたしの漠然とした寂しさは現在の『日向坂で会いましょう』をつかみきれないことに由来していたとここで気がつけた。今一度現在の環境を見つめ直し、再考しながらこれからも『日向坂で会いましょう』を見守ってゆきたい。
おしまい