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『日向坂で会いましょう』は試した。思いがけず見えた”素”の私

今回の『日向坂で会いましょう』おもしろかったですね。


アイドルが云う”素の私”とは一体どんな姿をしているのだろう。

メッセージアプリの購読を勧める謳い文句に「素の私が見られます」と全員が口を揃えて云っていた。甚だ疑問である。アイドルのわたしと素の私、その二面性を知ることで人物像を立体的に浮かび上がらせ、より本質的に私の事を好きになってね、とでも言いたげだ。

そうは言われても。わたしの中にその”素の彼女ら”を証明しうる答えを持ち合わせてはいないから、公園に敷いたブルーシート上のままごとの如き戯れにどうしても興じきれないわたしがいる。心のどこかでその愛らしいメッセージを信じきれていない。素の表情がそんな愛らしいわけあるかい、とどこかでひねてしまう。

そんなわたしは今回の『日向坂で会いましょう』で、思い描いていた”素の私”が見られた気がしたのだった

今回も4期生企画。富士急ハイランドへ行き、絶叫マシンやお化け屋敷などに挑戦、そのリアクションを見届ける【第2の丹生ちゃんを探せ!! 四期生リアクションチェック隊】。プチドッキリやスタジオでの先輩メンバーたちとのリアクション対決なども行われた。プチドッキリはテンポよく見られるから楽しかったし、一瞬だけでもいいから全員分を見たかった。このリアクションチェックで改めて思ったけど、追い詰められた人間は感情がむき出しになって、表情が突飛に変わるからおもしろい

今回のキーワードは「ピュア」であった。企画タイトルの”丹生ちゃん”という概念は丹生明里さんの映画『となりのトトロ』のようなナチュラルで天真爛漫な表情や仕草を包括した代名詞である。丹生ちゃんを見たとき誰もが一度は「ピュアだ」と思ったことだろう。

今回はこの「ピュア」を4期生から引き出さんと様々な仕掛けを施してきた。しかしこの企画を通して見えてきた4期生から見えたのは、わたしが思うピュアとはかけ離れた、アイドルに就いた少女たちの自意識だった

さまざまな挑戦を行った4期生でとても印象的だったのは、追い詰められた最中彼女らがこぼした”覚悟”だった。心打たれた方もたくさんいたのではないだろうか。

ジェットコースターに食らいついた渡辺莉奈さんの「自分に負けない」や拒絶反応で震えながらも「わたしはこれからやっていくんだ」と昆虫食を口に運んだ石塚瑶季さんなど、リアクションの端々から感じるアイドルや芸能で生きていくことへの決意は、番組企画という半強制の、グロテスクにも見える理不尽への嫌悪感を軽々と飛び越えさせてしまうくらい頼もしかった。これからの新時代を担っていく世代の確かな覚悟の言葉は、日向坂46というグループの可能性を期待せずにはいられない福音だった。

それに番組企画で災厄を降らせる大人だけが理不尽とも限らない。「箱の中身はなんだろな?」で、肉体と精神がバグったムーブで大暴れして中身をロクに触れることなく正答を叩き出して衆目をかっさらった齊藤京子さんという存在もまた理不尽と言わずしてなんと言おうか

そしてもうひとつはテレビに撮られている、人に見られているという自意識。映像映えするリアクションが取れなかった、と俯瞰での自省にかられるなど構造を認識したうえで撮影に臨んでいるメンバーが多数、もしかしたら全員がそうだったのかもしれない。となれば、先ほどの覚悟の言葉がより強みを増してくる。どの撮影にあたっても「無理強いはしない」という選択肢はあった。しかし彼女らは「逃げない」ことを選んだ。彼女たちが覚悟を口にしたのなら、わたしたちファンはそれをまるごと受け取るのが筋というものだ。今回はそんな4期生の素の私、リアルでピュアな人間性が見られたおもしろい回になったとわたしは感じる。

おしまい。

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