Mackey fan note030「運命の人」

2016年発売のアルバム「Believer」収録。

ちょっと前の第3章について触れた記事で書いたか覚えてないので被ってるかもしれないけど、自分は特段、槇原敬之に対して「90年代のようなラブソングを沢山書いてくれ!」と願っていたわけでもなく、何よりファンになったタイミングがライフソング最盛期の頃だからライフもライフで楽しんでいた。ただ、ラブソング最盛期にはその時期にしか書けなかったであろう素晴らしい曲たちが存在するのもまた事実。なので、理想としては一つのアルバムが出た場合、半々で入っているぐらいの塩梅なんじゃないかなとも思っていた。だから、第3章の幕開けは半々に近い構造になっていくんじゃないかと思ってワクワクした。

そんなアルバムに収録されているこの曲は「第3章の幕開け」の説得力を増させる名曲になっている。槇原敬之が十八番にしている(勝手に思ってる)片思いを題材にしたもので、これまた十八番(と思ってる)三角関係の曲。シチュエーションとしては初期の代表曲の『彼女の恋人』に酷似しているが、曲調は真逆になっている。

とはいえ、ここ数年のライフソング最盛期にも槇原敬之は片思いを題材にした曲は幾つか存在していて、『君の後ろ姿』、『軒下のモンスター』、『In love again?』などがある。じゃあ、これらの曲とは何が違うのかというと、先に挙げた3曲は「相手を傷つけないために告白しない」所謂相手を思い遣る気持ちを強調しているという共通点があり、ライフソングの延長線上のイメージがある。ただ、『運命の人』はそういったテーマからは距離を置き、叶わない恋をしている主人公の心理、情景の描写に力を注いだ、90年代を思わせるラブソングに落とし込んでいる。

この曲を作った経緯を本人が語っていたときに、1番Aメロにある、相手が別れ際、急にかしこまってお辞儀をしてくる仕草が妙に切なくて、その感じを歌にしたかったと言っていた記憶がある。自分は、このエピソードが何よりも第3章を迎えた実感として残っている。ここ数年、曲が出来た経緯を本人が語る際は「こういう出来事によって気付いた大事なこと」「他人のこういう考え方を聞いて納得したこと」といった類のものが多く、日常の何気ない仕草を歌にしたいなんて言ってるのは自分が知ってる限りではなかったので、とても新鮮だった。恐らく意図して、メッセージを中心とした曲作りにひと段落を終えたからこそ出来た曲なのだと思う。

側の話ばかりしていてもあれなので中身についてしゃべりたいが、とても好きなのは最初と最後に集約されている。「運命の人」というキラキラしたタイトルをつけておきながら、一発目で「残念なことに君は僕の友人に恋してて」というどん底から始まる手法。このひねくれ方が槇原敬之!!という感じがある。例えば『冬がはじまるよ』なのに急に8月って真夏の話から始まるような、あれを彷彿とさせて最高。また、何だかんだ諦めて相手の恋を応援しているようなスタンスに見えながらも、ラストに自分の願望を吐露するのが物凄く切ない。思い遣りだけでは閉じ込めきれない葛藤がこの一行に凝縮されている。

憎しみや羨みといったトゲのある感情は抑え目で、全く90年代と同じテイストなわけではないが、ラブソングを書かせたらまだまだ現役ということを、この一曲で十分に知らしめている。また、作品全体の落ち着きは槇原敬之の年齢の積み重ねによるものもあるかと思うので、そういう意味では進化と捉えることも出来る。ぜひ幅広い人に聴いてみてもらいたい一曲。

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