筋肉少女帯について

耽美的かつ退廃的な世界観で生きていらっしゃる同志の皆さんへ

こんばんは。今日はサブカル界の王様とも言えるのではないかと思われるバンド、筋肉少女帯についてお話ししたいと思いますよ。

筋肉少女帯は1980年代後半から1990年代後半までにかけてご活躍し、2006年から活動を本格的に再始動したバンドですよ。私は再始動してからの筋肉少女帯のライブに、私の住んでいるところに来てくださる機会があれば必ず参戦していますよ。

さあ、今日も一つ選曲してご紹介したいと思いますよ。

いくじなし

こちらはライブ映像になりますが大槻ケンヂさんの迫力のある語りとバンドの演奏力でとても10分越えとは思えない素晴らしい音楽体験をすることができるのでとてもおすすめですよ。ぜひ視聴してめくるめく狂気体験をしてみてくださいね。

この「いくじなし」という一曲はとても語りが多く、ストーリー性もかなり高い曲となっていますよ。この曲は本当にライブで聞いた時大槻ケンヂさんの病的な叫びと美しいギターとピアノの音色、涙が出るくらい狂気に当てられてしまいましたよ。そして何よりアウトサイドに生きる私たちに強く訴えかける狂気がありますよ。
この曲の中での「フェティシスト」はきっと私たち(マイノリティ)のことで、アンテナ売りというのはきっとマジョリティの方達を意味しているのではないでしょうか。
歌詞の最後に「しかしその後兄はしがないアンテナ売りで一生を終えた このいくじなしが………」とありますね。
ケンヂくんはせっかく姉さんと兄さん(二人のフェティシスト)を許したのに姉は死に、兄はマジョリティとして生きていくことを選んだことに意気地がないと嘆いているのでしょう。
ですが歌詞を聞いているとケンヂくんはケンヂくんで兄さんの言うがままに生きていたのですからはたまたこちらもいくじなし…であるという自虐を感じることもできますね。

さて、ここまでは「いくじなし」についてお話ししてきましたが、今日はいつもとは違い、私の人生の教祖的存在である大槻ケンヂさんについてのお話しもしたいと思いますよ。
まず出会いは中学生の時でした。私はとある同人即売会の帰りの昼下がりにバスに乗っていました。その時にふとyoutubeを開くとそこにアニメ「さよなら絶望先生」のオープニング曲「人として軸がぶれている」が流れてきました。なんだろうこれは、と思い画面をタップして再生するとそこにはまるで私の思いをそのまま歌っているのかとさえ勘違いしてしまうような世界が広がっていました。そこから私はずっと大槻ケンヂさんのファンですよ。大槻ケンヂさんがゴスロリの女の子が好きという情報を得てはゴスロリでライブに参戦したりなど…(お恥ずかしい話ですが)。大槻ケンヂさんの作る世界は私の心をいつも救ってくれるのです。例えば「デコイとクレーター」という曲では「疲れてしまったら 「またいつか」と書いた ポストカード誰かに送って」という歌詞がありますよ。この歌詞に私はいつも死の世界へ傾倒した時に救われていましたよ。「デコイとクレーター」も大好きな、愛する一曲なのでまたご紹介したいと思いますよ。
大槻ケンヂさんの作る世界にはいつもどこか他のサブカル的アーティストとは違う「救い」を感じますよ。

「いくじなし」は深夜に聞いて、大槻ケンヂさんの魂の叫びと、美しいバンド演奏の狂気に当てられて、途方もない宇宙のような狂気の世界に飛び込みましょう。

ここまで読んでいただきありがとうございました。今日はいつもより長くなってしまいましたが筋肉少女帯のお話をこれからさせていただく時はこれくらいのボリュームになってしまうこと間違いなしですよ。

それでは。

蝶子

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