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小説「水龍の竪琴」番外編その2

ここは南の島国サウスイルド。今日は年に一度の収穫祭である。
サウスイルドの第二王子イノスは牛跳びのゲームに参加することになっていた。向かってくる雄牛の背中を跳び、仲間と一緒に仕留めるゲームである。王族にとっては危険なゲームだが、子供の頃から身軽ですばしっこいイノスには絶対の自信があった。一昨日あたりからハイテンションになり、神学のメンター、ゲオルクに叱られてばかりであった。
「イノス様!落ち着きがなさ過ぎますぞ!」
「そんなことでは大神官にはなれませんぞ!」
本当はゲオルクに相談したいことがあったのだが、こう叱られ通しでは意固地になってその気が失せる。
相談したいこととは夢のお告げのことであった。このところ毎晩津波の夢を見る。波の向こうにキラキラと輝くプラチナブロンドの美少女が浮かび、イノスに向かって手招きをしている。イノスは悲しみと喜びが同時に湧き上がり、高揚して朝を迎えるのだった。

昨夜もまた津波の夢を見た。しかし美少女は現れなかった。いつの間にかその美少女に恋していたのだろう。夢だったのだから、もう会えないかもしれない。イノスは深い寂しさを覚えた。誰かにその気持ちを聞いて欲しかった。だが目が覚めると、もう祭りの当日で、イノスは気持ちを奮い立たせてゲームに臨むしかなかったのである。
「よぉ!イノス!どうしたんだ?景気の悪い顔をして!」
悪友のソルである。牛跳びでは同じチームのリーダーだ。
「なんでもないさ。今日も思いっきり跳ぶぞ!」
「頼むよ、跳べるのはお前しかいないからな。」ソルはそう言うと踵を返して所定のポジションに向かった。
大歓声の中、大きな雄牛がコロッセウムの中に引き出された。熱気に反応し、興奮している。
「イーノース!」「イーノース!」
大観衆が名前を呼ぶ。嫌な予感がした。しかし後には引けない。雄牛がイノス目がけて突進してくる。イノスは2本の角の間を目がけ飛び込んだ。その瞬間、目の前にあの美少女の姿が現れ、イノスの体は角に跳ね上げられた。雄牛の背中でバウンドし、地面に落ちた。ソルが駆け寄る。
「イノス!大丈夫か?!皆!ひるむな!後ろから襲え!」
大歓声が悲鳴に変わったが、チームの皆はソルの声で我に返り、計画通り雄牛の首にロープをかけ、引き倒してとどめを刺した。
「イノス、イノス!」
ソルの声がだんだん遠ざかっていく。イノスは意識を失った。

イノスはまた夢を見ていた。暗い宮殿の中、逃げ惑う人々。鮮血にまみれて倒れた父王と王妃、王太子。遠くから、悲鳴が聞こえる。焦げ臭い匂いがして、イノスは目を開けた。そこは宮殿の医務室だった。外は騒がしく、ただならぬ気配に満ちている。
「国王陛下が凶刃に倒された!」
「王妃様、王太子様もだ!」
「黒い傭兵部隊の仕業だ!」
「おお、神よ、龍神よ!宮殿の火を鎮めてください!」
黒い傭兵部隊が退却時に火を放ったのだろう。宮殿のあちらこちらから火が出ているようだ。
イノスはまだこの窮地に実感がなく、どうしたらいいか分からなかった。
「とりあえず逃げなくては、、、。」
医務室のドアを開けて外に出ると、そこにゲオルクがいた。
「イノス様!お探ししましたぞ!私についてきてください!」
「ごめん。何がどうなっているかわからない。」
ゲオルクは足早にイノスを誘導しながら言った。
「黒い傭兵部隊が観光客に紛れて上陸していたのです。国王陛下、王妃殿下、王太子殿下は寝込みを襲われ奴らに殺されました。残った直系の王族は貴方だけです。医務室にいたから助かったのです。」
「ソルは?貴族の青年たちは?」
「奴らは王族だけを狙ったようです。傭兵は人数が少なかったようですから、退却時に宮殿に火をつけたのでしょう。イノス様のご友人たちは皆すばしこいですから、きっと大丈夫です。」
さっきの夢は正夢だったのだ。父王と母、兄は無惨に殺された。確かめたい気持ちで一杯になったが、ゲオルクは許さなかった。
「戻ってはダメです!火の勢いで死んでしまう!貴方は王族の生き残りなのですから、命を大事にしてください!」
二人は神殿に着いた。ゲオルクが言う。
「おそらくあなたには追手がかかっています。敵の目を欺くため吟遊詩人のふりをしてください。」
ゲオルクは精巧で美しい小さな竪琴をイノスに手渡した。
「ドラゴナイトとの和平のしるしです。」
そのことはイノスも知っていた。悪友たちとの遊びでこの竪琴を使い、父王にこっぴどく叱られたのである。この窮地では、それも胸の痛む思い出であった。
「僕はどうすればいいのですか。」
「敵は血眼になって貴方を探すでしょう。一旦島の外に出るのです。そしてドラゴナイトを目指して下さい。体制を立て直し、できることなら王朝を復活させてください。」
「島の外って、、、この奥深い神殿からどうやって?」
「確かここに、、、あった!」
ゲオルクがロープを引くとカプセル型のボートが現れた。一人乗りである。
その時後ろから声がした。
「いたぞ!」
ゲオルクはイノスを庇い背中に矢を受けた。
「ゲオルク!」
「乗ってください!早く!」
ゲオルクはイノスを無理矢理ボートに乗せ、蓋を閉じた。渾身の力を込めてボートを押す。水龍のレリーフの口、顔から物凄い勢いで水が吹き出し、ボートは出発した。
「ゲオルク、、、。」
イノスは涙が止まらなかった。

黒い傭兵部隊の襲撃後すぐ、サウスイルドは大津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた。噂を聞いたイノスは懇意の漁師たちに頼み、宮殿跡に降り立った。父王、王妃、王太子はすでに亡く、ソルを始めとする仲間たちも、ゲオルクも行方は知れなかった。寂寞たる思いであった。
この後祖国を失ったイノスはドラゴナイトを目指し、夢に見たプラチナブロンドの美少女サウラに巡り合うのである。



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