小説「水龍の竪琴」第13話

15.光の洪水
暗い水道を三人は足速に進んだ。イノスが言う。
「詳しいんだな、お前。」
「はい!自分の父が塔の守衛だったのです。子供の頃はよくここで遊んでいました。父は公爵との意見の食い違いから、今は引退しています。おっと、気をつけて下さい。水位が上がっています。」
暫く進むと神殿の裏手に出た。
「神殿の中に隠れていてください。自分は親衛隊の加勢に戻ります。神のご加護がありますように。」
「貴方もどうかお気をつけて。」
「はいッ!」

二人が神殿に入ると、さっきとは違う異変があった。水龍の顔のレリーフがあちこち剥がれ、そこから水が吹き出している。そして外からは敵に押されて神殿の前まで退却したと思われる戦いの声と音がする。
「サウラ様を守れ!」「神殿を守れ!」
サウラとイノスは顔を見合わせた。イノスが言う。
「こういうときに歌う歌があったな。」
「ええ!」
二人は竪琴の前に座り、それをかき鳴らした。サウラが高音、イノスが低音のパートを担当して二人で歌う。古代の勝利の歌である。絡み合って天に昇り響き渡る声は神殿を揺らし、水の吹き出していた割れ目から強い光が漏れる。神殿はそれ自体が生きているかのように息づき、目覚めた。
歌い終わるとイノスはサウラの手を引き、光の中に飛び込んだ。
「多分ここに、、、あった!」
イノスがロープを引くとカプセル型のボートが出てきた。二人乗りである。イノスが鎧を脱いで先に乗り、サウラも乗るよう促した。サウラは一瞬躊躇ったが、同じく鎧を脱いでイノスの後に続いた。イノスが耳元で囁いた。
「俺はサウスイルドからこうやって逃げたんだ。だから、大丈夫。」
こんな時なのに胸が高鳴る。しかし龍神はそんなサウラを責めない。イノスの胸にしがみついて出発を待った。
イノスがボートの蓋を閉じるや否や、水龍のレリーフが弾け飛んだ。凄まじい光の洪水が神殿の扉を押し開き、戦いの真ん中を切り裂き、参道を駆け下った。水道設備へも光は駆け下り、水道橋から市街地へと一瞬のうちに到達した。夜明け前、少し明るくなりかけた街を切り裂き走るその光は息を呑むほど美しかった。

サウラとイノスを神殿まで送った兵士は、戻ってみるとサウラの輿が神殿の近くまで敵に押されているのを見てぞっとした。輿にはサウラは乗っていないが、その奥にはついさっき案内した神殿がそびえている。
「サウラ様が危ない!」
必死で敵をかき分けて神殿の門に近づいたその時、凄まじい音を立てて神殿の扉が開いた。ものすごいスピードで体が光に包まれたかと思うと、
「うわぁあああ!」「たすけてくれぇええ!」
敵のいる辺りから悲鳴が聞こえる。
光は少しの間親衛隊を包んで消えていった。夜明け前、少し明るくなりかけた参道に黒い鎧の兵士たちが点々と倒れている。鎧はびっしょりと水に濡れ、溺れ死んだかのようであった。

市街地の国民は、オーロを始めとする退役軍人のグループと若い自警団が協力し、着々と避難が進んでいた。非常時ではあったが国王は王宮の中庭を市民に開放した。建物の入口は正規軍と親衛隊で固め、万が一に備えた。避難が終わる夜明け前、固唾をのんで市街地を見下ろしていた市民の一人が声を上げた。
「何だ?!あれは?!」
神殿から出た光の洪水である。瞬く間に市街地の道路や通路を埋め尽くし、光の飛沫をあげて街を取り囲んだ。そして光は龍の形に変わり、白みかけた空に昇っていく。
「龍神のお力だ、、、」
市民たちはその場にくずおれ、祈りの印を切った。

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