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小説「水龍の竪琴」第3話

3,オーロの酒場
ディオナはドナンと話し合い、親衛隊の溜まり場酒場の中では上品な店にサウラを連れて行くことにした。ドナンは初めてディオナを連れて飲みに行った時のことを思い出したらしく、目が笑っている。ディオナがすかさず小突いて言う。
「もう!黒歴史の話なんてしたら、許さないから!」
サウラは本物の箱入り令嬢だったから、そんな二人の様子が何だか羨ましかった。

そこは、オーロの酒場という。壁に宮廷画家の卵が描いたらしい絵の数々が掛けられている。その他は他の酒場と大差ない下町の酒場だったが、その絵のおかげで貴族のカップルが贔屓にすることも多く、オーロの酒場はとても繁盛していた。
ディオナとドナンがサウラを連れて行った日、忘れもしない特別な出来事が酒場で起こっていた。それにいち早く気づいたのはドナンだった。

「姫様何やら騒がしいです。見てきます。」ドナンはそう言って先に酒場に入っていったがすぐに出てきて手招きで二人を呼び寄せた。頬が紅潮している。
「何事なの?」ディオナは姉を庇いながら店の中に入っていった。そこで繰り広げられていた光景は、ドナンですら初めて目にするものだった。
正面の大テーブルに、見慣れないエキゾチックな出で立ちの青年が座っている。小型のハープを持ち、よく通る美しい声で歌っている。この国の黎明期の古い歌だ。歌い終わると大喝采が響き渡った。
この歌は、実は神殿でよく神に捧げられる歌だ。だからサウラとディオナは宮殿で練習をしている。あまりのその歌の美しさにサウラは少し前に出すぎた。青年と目が合った。またたくまにサウラは青年と一緒にテーブルの上に居た。サウラはこんな経験は初めてで顔は火照り心臓はバクバク。青年はハープを肩に掛け、サウラの手を取って歌い始めた。サウラは目眩がして倒れるかと思った。
「小さなお家のお嬢さん、篭ってないで外に出て僕と一緒に踊りましょう!」
ドナンが慌ててテーブルの上に上がろうとするのをディオナが押し留めた。大騒ぎになってはこちらの身分がバレて収集がつかなくなる。心許ないが何とかサウラをこちらに戻してもらいたい。ディオナが思案していると当の青年の顔が横にあった。
「この国は美人が多いけどさ、どうして皆思い悩んでるの?」
今度こそドナンが熱り立った。青年は殴りかかろうとする腕をするりと抜け、出口から逃げようとした。そこへ…

「待って!」サウラだった。歌を龍神に捧げるサウラの声も青年に負けず劣らず凛として美しい。青年もドナンもディオナも店の客達も思わず聴き惚れてしまった。ヤバい、身分がバレる、、、ドナンとディオナは同時にそう思った。

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