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小説「水龍の竪琴」番外編その1

「サウラ様、ディオナ様!何処にいらっしゃるのですか?」
サンルームの中、一人の女性が二人を探している。
沢山の花が咲いているこの温室が、サウラもディオナも大好きなのだ。探しているのは教育係のマルゴ公爵夫人である。ブルネットの髪を後ろでまとめてお団子にしている。そのためか、性格がきつすぎるとか、厳しすぎるとか陰口を叩かれることもあった。が、実は優しく聡明な女性なのである。サウラとディオナはそんな公爵夫人のことを持ち前の鋭い直感力で見抜き、遊んでもらおうとしてこうやってよく彼女を困らせるのであった。
「マーゴ、みぃつけた!」
「みぃつけた!」
「キャッ!お二人とも、なんですかその格好は!」
二人は蘭の花だらけであった。
「私達、お花の妖精なの!」
「お花の妖精なの!」
「お二人とも!庭師が泣いてしまいますよ!せっかくの希少な蘭の花を摘んでしまって!」
「いっぱいあるからいいと思ったの。」
「いいですか、お二人とも。庭師が手塩にかけて育てて咲いた花です。花もより長く見る人を楽しませようとしていたと思います。摘んでしまっては、それができなくなるではないですか。」
「そうかぁ、、、ごめんなさい、お花さん。」
「ごめんなさい…。」
「さあさあ、泣かないで、サウラ様。折角ですから水盤にその花を散らしましょう。とても綺麗だと思いますよ。」
教育係は時に厳しいことも言わなくてはならない。サウラは龍神の巫女となることは決まっていたから、ディオナよりも繊細なその心が公爵夫人はとても心配であった。
病弱な王妃は数年前に亡くなり、子供のいない公爵夫人は自分が母親代わりになれるものかと、それも心配の種であった。
そしてもう一つ、これは政治に関することであるのだが、ディオナに求婚者が現れていた。隣国ソフィーロの第三王子である。王族の結婚は早いとはいえ、ディオナはまだ6歳である。しかし治水の権利をめぐって争いの絶えないドラゴナイトとソフィーロにとって、和平の切り札となるかもしれない話であり、国王も周りもとても悩んでいた。

公爵夫人が水盤を取りに行っている間、サウラとディオナはそのことを話していた。
「すごくいやらしい顔で私たちのことを見ているのよ、私、あの人大っ嫌い!」
「感じの悪い人よね。ディオナのそういう気持ち、とてもよく分かるわ。」
「でも、セイジノカケヒキだから、仕方がないんだってマルゴ公爵が言ってたの、、、。」
「そんなのおかしいわ。ディオナだけがそんな責任を背負わされるのって。他に大人がたくさんいるのに。」
その時二人の背後から声がした。
「お嬢ちゃん達、政治の駆け引きの話かい?難しいこと知ってるんだねぇ。」
サウラとディオナの顔がキッと固くなった。ソフィーロの第三王子アゲスである。二人は立ち上がり、後ずさりした。アゲスがケラケラと甲高い声で笑う。
「そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。僕はお嬢ちゃん達のことが大好きなんだよ。」
ディオナが気丈に言う。
「要らない!帰って!」
「可愛くねぇガキだな!」
アゲスはひっぱたこうとして右腕を振り上げた。間一髪、公爵夫人が駆け寄った。ディオナの代わりに右頬に一撃をあびた。真っ赤に腫れ上がった頬を押さえ、気丈に言う。
「こんな力で子供をひっぱたこうとするなんて!あなたには求婚者どころか友達の資格もありませんわ!」
「よく言うぜ、、、。」
いつの間にかアゲスの後ろにソフィーロの従者が立っていた。抜き身の短剣を持っている。公爵夫人はサウラとディオナに向かって叫んだ。
「お二人とも!逃げなさい!」
次の瞬間、アゲスの腕が公爵夫人を後ろから羽交い締めにし、前から短剣を持った従者がのしかかった。
サウラとディオナは泣きながら必死で逃げた。二人だけが知る抜け道を通って国王の執務室までまっしぐらに駆けた。
「お父様、助けて!マーゴが殺される!」
国王はただならぬ二人の様子を見て即座にサンルームを囲み、様子を見に行くよう指示を出した。しかし時すでに遅かった。マルゴ公爵夫人は胸から血を流して倒れており、アゲス一味はもはやそこに居なかった。

泣きはらした朝方、サウラは夢を見た。アゲスがにやつきながらサウラとディオナに迫ってくる。次の瞬間龍神が現れ、アゲスを河に突き落とし、沈めた。あとは変わらない河の流れがあった、、、。

国王はアゲス一味が捕らえられるまで、心配でサウラとディオナを身近に置いた。2日後、国境の河で転覆したボートが見つかったと報告があり、サウラの夢の話を聞いた国王は一味の捜索を打ち切った。過酷な現実がサウラのスピリチュアル能力を開花させたのだ。身を持ってサウラとディオナを助けたマルゴ公爵夫人のおかげなのは言うまでもない。
マルゴ公爵の悲しみはいかばかりであったろう。宮中でも有名なおしどり夫婦であったのだ。葬儀で公爵は人目をはばからず泣いた。父王、サウラ、ディオナも公爵夫人の死をとても悲しんだ。

サウラとディオナは改修中のサンルームをバルコニーから眺めていた。ディオナが言う。
「皆が助かってよろしゅうございました、っていうの。マーゴが死んじゃったのに…」
「仕方ないよ。私達王の娘だから、、、。お父様が仰ってた。王族は守られなくてはならない存在なんだって。皆が全力で守ってくれるから、感謝して命を大切にしなさいって。前に聞いた時はピンとこなかったけど、こういうことだったんだわ。マーゴはきっとお空の上から私達を見守ってくれてると思うのよ。」
「そうね、そんな気がするわ。」

この事件はソフィーロが、彼らにとって脅威となる能力を秘めたサウラの暗殺を企んだのだと影が報告してきた。当然ドラゴナイトとソフィーロは緊張が高まったが、ソフィーロで大雨による洪水が続いたため、事件の責任は有耶無耶になった。サウラとディオナには王族としての自覚が芽生え、無邪気な子供時代を終えたのである。


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