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日向坂文庫2021#3(渡邉美穂さん×成田名璃子『東京すみっこごはん 雷親父とオムライス』)

noteを開いていただきありがとうございます。

ちゃすいです。


前回は赤川次郎さんの『三毛猫ホームズの証言台』の感想を書かせていただきました。
読んでくださった方はありがとうございました。

さて今回は、渡邉美穂さん×成田名璃子さんの『東京すみっこごはん 蕾親父とオムライス』の感想について書いていきたいと思います。





1.あらすじ

 この物語はとある共同台所「すみっこごはん」に会する人々の間で紡がれる物語です。

すみっこごはんという一見お店のようでお店ではない少し変わった場。
ここに新たに来る人は少し何かに躓いている最中の人ばかり。
(あちこちオードリーかっ!(笑))


そんなすみっこごはんには以下のようなルールが存在します。

すみっこごはんのルール
ここは、みんなで集まり、当番に選ばれた誰かの手作りごはんを食べる場所です。

一 一ヶ月ごとに更新の会員制とします。
二 月初に一度、会費が発生するほか、参加日ごとに材料費を徴収します。
 初回のみ、材料費のみでお試し参加可能です。
三 受付は五時半まで。三名以上、六名以下で実施とします。
四 くじで当たりを引いた人が、その日の料理当番です。
五 当番は、レシピノートから好きなメニューを選んでつくりましょう。
 その時、なるべくレシピ通りにつくってください。必ず野菜を入れること。
六 料理当番は、ずっと同じ人が担当しないようにしましょう。
七 いただきます、ごちそうさま、を忘れずに言いましょう。
八 たとえ出来たお料理がまずくても、文句を言わないで食べましょう。
九 食べ終わった食器は、ちゃんと自分で洗いましょう。
十 店の奥の椅子は永久予約席です。足りない時以外は動かさないようにしましょう。


この小説は4つの短編小説によって構成されており、ばらばらに読んでも十分楽しめるものとなっています。

とはいえ順番に読んだ方がいいと思います。
というのもラストの「ミートローフへの招待状」においては、すみっこごはんへに集う人々の想いが表れています。
なので共感しながら読もうと思うと、順番に読んだ方がいいでしょう。


続いて、それぞれの話のあらすじを紹介します。

まず「本物の唐揚げみたいに」について。
この物語は、声優を目指す専門学校生、沙也が夢を諦めかけているところ、ふとすみっこごはんに立ち寄るところから始まる。
沙也はそこでプロの料理人金子に出会う。
彼との出会い、またライバルである穂波との衝突の中で沙也の考えが変わっていく。


続いて「失われた筑前煮を求めて」について。
この物語は妻を失った有村がお節介がてらすみっこごはんに立ち寄ったところから始まる。
すみっこごはんの代表である金子と対立しつつも、すみっこごはん常連の楓に助けられ、自身について振り返る物語。
また同時にすみっこごはんができた経緯についても知ることができるお話


3つ目は副題にもなっている「雷親父とオムライス」
成高中学校に行かないと幸せになれないと教えられ、受験勉強に勤しむ秀樹が有村と出会うところで物語が始まる。
有村と関わることで、これまで見えてなかった世界が秀樹の前に現れることになる。


最後は「ミートローフへの招待状」です。
とある日、突如保健所の立ち入り検査を受けるところから物語は始まる。
理由は定かではないが、再開発の話が進んでいるのが関係しているのではと予想される。
そんな中、常連の田上は主婦の情報網を駆使してすみっこごはんを崩壊させようとしている犯人を見つけようとする。
そして犯人を見つけた田上は、息子のように可愛がっていた小池がかつて自分へのお礼としてしてくれたミートローフを作り、容疑者らを食事会へと招待する。




2.感想(ネタバレあり)

まず読んでいて自分自身にちゃんと生きているかと呼びかけられているような内容でした。
諦めることなく頑張っているのか、自分の頭の中の理想だけを見て、目の前の人をしっかりと見ているのか、目の前のことと向き合いながら歩いているのか。
そんなことが語りかけられるような物語です。



とまあ少し感傷的になってしまいましたが、自分自身が地に足をつけ歩いているかを確認できる作品ではないかと思います。


プロの料理人である金子が夢を諦めかけている沙也に言った

「もっと、バカになれ」

「バカみたいに信じろ。自分は大丈夫だ、自分は声優になれるって。いいか、なりたい気持ちが強いほど、なれるって信じるのが難しくなるんだ。でもそこを越えてバカみたいに信じ続けられるやつだけが、多分プロへの一線を越えていくんだよ」

「自信なんてなくていいんだ。ただ、愚直に信じて、頑張るだけなんだ。プロなんて、その延長線上にしかいないんだよ」

また、2つの唐揚げを食べ比べた際に、

「どっちもプロの味だ。他人と比べても意味がねんだ。みんな、自分と戦って生きていくんだ。余計なことで悩む暇があったら、訓練だ、訓練」

仲がいいと思っていた穂波ばかり褒められ自信を失くしていく沙也。
しかし穂波と比べたところで意味がない。
穂波の声は穂波の声であり、沙也の声とは違う良さがある。
しかし沙也には沙也の良いところがある。
後は、そこをしっかりと磨いていくだけであるということの気づかせてもらえることで再び声優への道を歩み始めます。


「本物の唐揚げみたいに」では、自分が向かいたいと思っている方向へと努力できているのか、プロとはどういうものなのかというのをその一端を垣間見ることができたと思います。



続く「失われた筑前煮を求めて」では、有村がこれまでの自分を振り返り、

「私は、情けない、そこいらの老人だ。妻に先立たれてしょぼくれてダメになっていく、ただの男だった。
勝手ばかり言って、何もしてやれなかった。あれほど行きたがっていた船旅に、どうしてもっと早く連れていってやらなかったのだろう。
(中略)
どうして毎日、飯を食べたあと、美味いと言って労ってやらなかったのだろう。仕事をやめてから、もっともっと家事を手伝ってやらなかったのだろう。」

という言葉を残します。

定年退職をし、これまで自分のキャリアで培ったものを未熟な人たちに教えてあげなければという「正義感」から周りと衝突を繰り返していた有村。
しかし筑前煮の味をもとめる過程で、自分の殻に閉じこもっていたこと、そして目の前にいたはずの妻初恵のことが目に入ってなかったことに気が付きます。


その次の「雷親父とオムライス」では親が言ったこと正しいと考える(例えば成高中学校に行かないと幸せになれない)小学生秀とそのお母さんが自分の視野の狭さに気付きます。

成高中学校に行かなくても幸せになることができることや、幸せの形はそれぞれで違うことなどこれまで見えてこないものが有村を通して見えてくるようになります。

その際、ただ言葉だけで語られるのではなく、実際に農地に行って自分の肌で自然を感じています。
「有機野菜が安全だ」といった言葉だけが先行しているのではなく、自身の肌で感じ、目で見たものを通した実感を通したものへと出会い。
このことで秀樹が変わっていく様が描かれています。


私ちゃすいとしてはこの2つの物語は目の前を向いて、実感を伴って今この瞬間を生きているかということを問いかけているように思えてなりません。

クールな人間がいいんだと思い、笑うことを止めたように、頭の中で理想を描きその中で生きようとしている自分。
好きな人に自分から行動しなくても好きになってもらえるだろうと思い込みながら行動する自分。
現実に不満を持ち、どこかで聞いた言葉にしがみつき理想を描き、実感の伴わない言葉を消費する自分。

そういったどこか「浮く」自分を地面に下ろしてくれる作品です。


最後の「ミートローフへの招待状」では、すっみこごはんの土地が再開発エリアの対象となります。
そのために再開発推進派の人々は様々な手を打ってすみっこごはんを潰そうとします。

これに対して常連客は何としてでも対抗しようとします。
ですが、仲間と思っている人の中にスパイがいるのではという疑念が生まれ遂にはすみっこごはんに誰も集まらなくなってしまいます。

しかし本当が違ったわけです。
ただ各々のやり方ですみっこごはんを守ろうとしていただけでした。

反対派を形成しようとしたもの。
推進派の動向を掴もうとしたもの。
常連客が各々のできる範囲でできることをする姿が描かれます。

特に常連客の一人田上は犯人の尻尾を掴むことに成功します。
そしてかつて孫のように可愛がっていた小池がしたように、ミートローフを作り皆をすみっこごはんに招待します。

そして最終的には皆川が犯人だとわかるわけです。

しかしこの再開発と言うテーマでは変わる良さと変わらない良さ、どう両立していくのがいいのかということを考えさせられます。
恐らくすみっこごはんが無くなっても公園などができ、人と人が触れ合う場はできるでしょう。
しかしそうではなく、あくまですみっこごはんという場にこだわること。
ここにはどういう意味があるのでしょうか。
正直、再開発してしまえばと思ってしまう自分にはまだその意味を分かることができません。

ただ強いて言えるのは、世間の大きな流れの中に、すみっこのほうでこういう思いで生きている人がいるんだ、ということを実感させてくれました。




とまあ、こんな感じでしょうか。
以上、渡邉美穂さん担当、成田名璃子さんの『東京すみっこごはん 蕾親父とオムライス』の感想について書いてきました。

それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。

また次も書いていけたらと思っています。

失礼します。

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