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元祖ハロウィンの国日本

元祖ハロウィンの国日本

 人類の歴史をよーく調べてみると、ホモサピエンスが登場してからしばらくすると、自然神・精霊信仰が広がり、その後、農耕・牧畜をするようになるとそれらの生活手段をもたらしてくれた先祖を祀る「祖霊信仰」が一般的となりました。
 そして、キリスト教などの一神教が広がった地域以外では、それらの原始以来の習俗は残存し、今でもアフリカやアジアでは残存しています。
 日本でも、殆どの宗教行事は自然神・精霊信仰及び祖霊信仰がらみのもので、仏教も祖霊信仰に利用されてきた面が強く、仏教の教え自体はあまり広がってはいません。日本人で仏の教えについて語れる人が殆どいないのがそれを物語っています。
 そして、本題のハロウィンは、ケルト民族の原始以来の精霊・祖霊信仰の宗教行事がキリスト教の影響力を掻い潜って現在まで生き残ったものと思われます。
 従って、ハロウィンは、今でもアメリカの原理主義的なキリスト教教会では御法度となっています。
 ということで、日本はもともと元祖ハロウィンの国で、日本ではお盆や正月がそれにあたります。因みにお盆は本来、仏教とは関係なく中国で結びつけられたものです。

<祖霊信仰とハロウィン>
 もう一度、上記の話を詳しく見て行くと、そもそも、祖霊信仰というと、どうしても東洋の風習のように思われている節がありますが、それは単に東洋の方が今でもそれが残存している地域が多いからに過ぎません。
 実は、先にも述べたように、西アフリカのなどの辺境の地域でキリスト教やイスラム教の影響が及んでいない地域ではいまだに祖霊信仰が行われているのであります。そして、その状況を事細かく調査報告した論文も出されています。
(Meyer Fortes :Pietas in Ancestor Worship,The Henry Myers Lecture, 1960
Pietas in Ancestor Worship on JSTOR) 
 それらを読むと、西アフリカの祖霊信仰の風習というものがアジアや日本に残存する祖霊信仰の風習と多くの共通性を持ち、発想も世界観もほぼ共通していることが良く分かります。
 祖霊信仰以前は、自然神・精霊信仰が原始人類共通のものでした。つまり、あらゆるものに神や精霊が宿るという信仰です。狩猟採取が主な生活手段であった原始人類にとっては自分たちの運命は自然の状態に大きく左右されることが多く、必然的にありとあらゆる自然物を拝むようになり、猟や採取の出来不出来も自然神や森の精霊のご機嫌次第と信じるようになったものと思われます。
 しかし、人類が農耕や牧畜を始めると、そのような新たな生活手段を子孫に継承していくシステム(日本ではそれを「家」と呼び、いわゆる家制度の元になっています)が確立され、そのシステムの管理運営者達が死後もそのシステムと子孫の存続繁栄を見守ってくれると信じられるようになりました。それが祖霊信仰の始まりです。
 そのような先祖によって開拓された耕作地や牧場を継承する子孫の義務は、そのシステムの創始者や代々の管理運営者を祀り、作物や家畜の安定した生育と自分たちの日々の生活の安全を祖霊に祈願することであり、祖霊はその祈願に応えるように、子孫のための安定した食糧供給と安全な生活が実現されるように常に見守って守護してくれるとされています。
 祖霊というのは一つの神的集合体であり、個々の先祖は時が経つにつれて、祖霊という集合体に融合します。しかし、子孫によって正しく祀られなかった先祖や事故や疫病などで死んだ先祖は祖霊には成れず、死後行き場が無くなって永遠に彷徨い続けることに成ります。そのような祖霊に成り損なった先祖は子孫にも作物にも災いをもたらすとして厄介者扱いされることになります。
 また、祖霊信仰の世界観では所謂あの世は存在せず、祖霊も、浮遊霊も精霊も全て我々と同じ世界に存在し、普段は、少しだけ人里離れたところにいるが、年に何回か人里に降りて来て人々と交流するとされています。
 日本の伝統で言えば、山の神も田の神も氏神様も年神様も全て祖霊の別名と考えてよいと思います。お盆も正月も本来は祖霊と人々との交流の日であったわけです。お盆は仏教の行事だと思われていますが、本来は仏教とは全く関係のないものです。中国も祖霊信仰の国であった為そこら辺で仏教と結びつけられたものと思われます。
 この人々と祖霊との交流の日には、先に述べた祖霊に成り切れずに行き場を失った浮遊霊達も一緒に参加しようとするため、日本でも全国各地で今でも悪霊退散のお祭りが行われています。あの悪霊とは、鬼と言われるものですが、鬼とは特に中国での元々の意味は死者の霊のことで、先に述べた祖霊に成り切れなかった浮遊霊のことを意味しています。
 そして、日本においては、精霊起源の災いをもたらす者や先の浮遊霊も全てまとめて鬼と言って、彼らを追い払う行事が数々あるという事です。節分の豆まきなどもその一つです。
 ということで、随分と前置きが長くなりましたが、本題のハロウィンは、ケルト民族の原始以来の精霊・祖霊信仰の宗教行事がキリスト教の影響力を掻い潜って現在まで生き残ったものと思われると先にも述べました。
10月31日は彼らにとっては年末に当たり、年神様を迎えるにあたって一緒にやってくる悪霊たちを退散させるために、色んな格好をして彼らを驚かせて退散させようという趣旨です。そういう意味では、上記の日本の各地のお祭りの趣旨とほとんど同じであることが良く分かると思います。
 また、今ではキリスト教の行事日になってしまった11月2日の万霊節も、元は各民族の精霊・祖霊信仰の行事だったものが、キリスト教的に解釈変更されたものと思われます。
 従って、ハロウィンなどは、今でもアメリカの原理主義的なキリスト教教会では御法度となっており、熱心なキリスト教信者はハロウィン行事などに参加してはならないことになっております。
 ということで、日本はもともと元祖ハロウィンの国で、お盆も秋祭りも正月もみんな本来はハロウィンと同じ趣旨のものであったという事です。
 ただ、昨今の日本のハロウィンは元々コスプレ大国であった日本が、ハロウィンの時期に合わせて行うようになった新たなコスプレイベントとしての意味合いが強く、そういう意味では、欧米とは意味合いの違う独自の文化現象であると言えるかもしれません。

<祖霊信仰と仏教との関係>
 所で、先に、祖霊信仰の世界観では、子孫によって正しく祀られた先祖は死後時間が経つにつれて神的集合体である「祖霊」に融合するが、正しく祀られなかった先祖や事故などによって死んだ先祖は、祖霊には成れずに永遠に彷徨い続ける浮遊霊になって、時には災いをもたらすと信じられていると説明いたしました。
 そして、そのような災いをもたらす祖霊に成り損ねた浮遊霊は、祖霊が人々と交流する時には一緒にやってくるため、彼らを追い払うための儀式が全国各地の悪霊退散のお祭りなどの形で残されていること、その中でも特に節分は昔の大晦日に当たり、大晦日の時に年神様を迎えるにあたって一緒にやってくる上記の浮遊霊や災いをもたらす精霊などのいわゆる「鬼」を追い払うために豆をまくという趣旨でした。そして、それは、同じく大晦日に当たる10月31日に祖霊を迎えるにあたって、一緒にやって来て災いをもたらす者達を追い払うために怖い格好をするというハロウィンと同じ趣旨のものであるとお話ししました。
 しかし、祖霊に成れなかっただけで永遠に彷徨い続けて邪魔者扱いされる浮遊霊はちょっと気の毒ではないか?と思われた方も少なくないのでは無いかと思います。生きている人々にとっては邪魔者ですが、邪魔者扱いされた方はどうにかして欲しいから余計に色んな形でその存在をアピールするのだと思います。
 ということで、祖霊信仰の世界観では祖霊になり損ねた先祖はトラブルメーカーとして厄介な存在だったわけですが、そこにある意味で救世主が現れたのです。それが仏教僧だったということです。
 日本には6世紀ごろに仏教が紹介されましたが、それ以前からも非公式には朝鮮半島からの渡来人ともに伝わっては来ていたようです。渡来系の新興豪族であった蘇我氏が、天皇家の既存の宗教アドバイザー勢力に対抗するために、新たな外来宗教である仏教を積極的に導入し、天皇に仏教導入による日本の国際化を進言して、まんまと実権獲得に成功したわけですが、それはともかく、その頃に建てられたお寺はプライベート寺院が中心で、各豪族の祖霊を祀る氏寺としての性格を持っていました。
 日本最初のお寺である飛鳥寺も元は蘇我氏の祖霊を祀るための氏寺でした。ということで、日本の仏教はその始まりから、日本古来の祖霊信仰の中での役割を果たすことを期待されて導入されたという事です。
 ただ、実際に仏教の修行をした僧侶達はそれなりの霊力を発揮したようで、特に上記の祖霊信仰おいて古来からの厄介な問題であった祖霊に成り損ねた浮遊霊によるトラブルを鎮めるのに仏教僧が大いに力を発揮したことが数々の文献に記されています。
 仏教僧たちは仏の慈悲の教えにより、浮遊霊達を邪険にはせず、経を聞かせて迷いから目覚めてもらい、仏教的な次の世へと送り出すことが出来たものと思われます。
 いずれにしても、確かなことは、祖霊に成り損ねた者達によるトラブルに頭を悩ませていた古代の人々にとっては、仏教僧達は正に天の助けとでも言えるほどの存在だったようで、仏教あるいは仏教僧=災いを鎮める、というイメージが出来上がっていったものと思われます。
 そして、やがては国家規模での災いを鎮めることまで期待されて、東大寺を本山とする国分寺が日本全国各地に作られ、国家公務員としての仏教僧が各地に配置されて、各地の災いを鎮めることが期待されるようになります。いわゆる鎮護国家の仏教です。
 かくして、仏教本来の教えはともかく、仏教僧は死者供養と災いを鎮めるプロとしての認識が人々の間に広がり、やがては、人が死んだら仏教僧に供養してもらうというパターンが常態化し、今日の、僧侶=葬式のメインキャスト、という原型ができあがっていったものと思われます。
 このように、日本の仏教は日本古来の祖霊信仰の手薄な部分を補う役割を期待されて人々に受け入れられて行った訳ですが、それが仏教本来の目的や役割であった訳でないことは言うまでもありません。
 また、仏教僧にとっても死者供養は衆生済度の活動の一環なので意味はある訳ですが、本来は、仏教というものは生きている人々の為のものなので、そっちの方よりも死者供養の専門家としか見なされないというのは、副業がいつの間にやら本業に成ってしまったような話な訳です。
 その上、日本の人々は、古来お坊さんの本業である仏の教えそのものよりも、とにかく、ちゃんと災いが無い様にしてくれたらそれで良いみたいな感じだった為、仏教国と言われる日本ですが、未だに仏の教えについて語れる人が殆どいないという奇妙な現状になっているのだと思われます。

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