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日本のデザインミュージアムについて 試論

以前からちゃんと読みたいと思っていた「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」のnoteの投稿。 https://note.com/designmuseum
今年のお正月休みにようやくまとめて読むことができた。各分野の識者がデザインミュージアムについてそれぞれの考え方を述べ合う内容は十分に興味深かったけれど、自分も仕事上、各国のデザインミュージアムを観に行く機会があるし、その専門家ではないなりに(ないからこそ)思うところもあったので、以下、覚え書きとして。

デザインを定義すべきか。

「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」の議論では、その起点で「デザインとは何か?」という問いが重視されていて少々まどろこしい。まずここはデザインの定義は置いておいて、海外の主要なデザインミュージアムの活動やコレクションを参照し、その価値と課題をふまえて構想を進めるほうがいいと思う。というのも、デザインの定義が数年単位で更新され拡大しつづけている今日、ある定義が広く支持されることは難しいし、仮に支持されたとしてもあまり意味をなさない。実践の中で少しずつ現在におけるデザインの輪郭が現れるかもしれない、くらいのスタンスがほどよいのではというのが実感。

独自性よりキャッチアップ。

上の件をはじめ、現時点で本格的なデザインミュージアムが日本にない以上、すでに経験を積んでいる日本以外のデザインミュージアムにきっちり学ぶことをスタートラインにすべきと思う。しかし「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」の議論では、リードキュレーターの横山いくこさんがトークに参加している香港のM+の事例のほかには、そんな話があまり出てこない。一方で「この時代にわざわざみんなで集まって新しいものを作るというときに、どっかにあったデザインミュージアムをつくるのはまったく意味がないと思う」( https://note.com/designmuseum/n/nea92bc4cef59 )という発言があったりする。日本は、デザインミュージアム設立の実現度だけでなくデザインの価値の認知度についても他の国々に追いつけていない、という現状認識がまず必要だと思う。

デザインの研究はどうなるか。

「デザインミュージアムをつくろう!キックオフ公開会議」議事録①で、「これまでのミュージアムは、収集し、研究し、公開をするというのが役割でしたが、これからのミュージアムの場合は視点を集めて、共有し、交流することが重要だと考えます」という発言があったのも気になった( https://note.com/designmuseum/n/n0de79fd45874 )。日本でデザインミュージアムの役割を考える時、アーカイブの重要性はすでに指摘されがちだけれど、デザインの研究やキュレーター/研究者の意義が認められていないとしたら、どうだろう。共有や交流はミュージアムでなくてもできるが、ミュージアムである以上はレベルの高いデザインリサーチ(とそれに基づく体系的な収蔵)にも重点を置いてほしい。

デザインミュージアムを類型化してみる。

日本のデザインミュージアムのモデルとして世界の各都市のデザインミュージアムを捉えるなら、その設立のプロセスがいくつかに大別できると思う。ということで(私見により)ざっくり4種類に分けるとすると……。

1. 当初から独立したデザインミュージアムとして設立された例。代表的なのは、議論でもしばしば言及される、テレンス・コンランが創設にかかわったロンドンのデザインミュージアムで1989年設立。バーゼル近郊のヴィトラ・デザインミュージアムも有名。イスラエルには2010年開館のホロン・デザインミュージアムがある。いずれも比較的、小規模で歴史は浅いが、コンパクトゆえにコンセプトはわかりやすい。

2. 主に自国の装飾美術、応用美術、工芸などを所蔵する博物館が、その延長線上で近現代のデザインを収集してデザインミュージアムへとリニューアルしたタイプ。ニューヨークのCooper Hewitt, Smithsonian Design Museumを代表格として、コペンハーゲンのDesignmuseum Danmark(2011年までKunstindustrimuseet)、ヘルシンキのDesignmuseo(2002年までTaideteollisuusmuseo)、ニューヨークのMAD Museum of Arts and Design(2002年までAmerican Craft Museum)など事例は多い。
またデザインミュージアムとは称していなくても、パリのMusée des Arts Décoratifs(MAD)、ウィーンのMAK(Museum für angewandte Kunst)、ロンドンのV&Aも同様の変化を遂げている。いずれも幅広い集客ができる点が強み。

3. 近現代美術館とデザインミュージアム機能が一体になった複合施設型。建物はひとつでも、いくつかの部門に分かれていてそれぞれ常設展示や企画展を行う。最高峰は1930年代に建築デザイン部門をつくったニューヨーク近代美術館(MoMA)だろう。パリのCentre Pompidou、規模は小さいがベルギーのZ33、未開館だが香港のM+も含まれそう。またミュンヘンのPinakothek der Moderneは、デザインや現代美術などに特化した独立性の高い4施設が同じ建物に共存している。

4. ミュージアムの枠には入らない、コレクションや専属キュレーターなどをもたない展示施設も多様にある。たとえばHans Ulrich Obrist がアーティスティックディレクターを務めるロンドンの Serpentine Galleryは、現代美術ともにデザインや建築も積極的に扱う。ニューヨークのA/D/Oや、東京の21_21 DESIGN SIGHTもここに含まれるだろう。アートにおけるアートセンター〜クンストハレの形態に近いが、デザインセンターという名称の施設はよりインテリアショールーム寄りのものを指すことが多い。

日本向きのデザインミュージアムは。

「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」の本来の意図からすると、理想とされるのは上記1の独立型デザインミュージアムだろう。しかし独立しているゆえに、定着するまで来館者数の安定は見込みにくい。議論の中にもあるように、すぐれたデザインは現代の日本のいたるところに浸透しているぶん、その存在が気づかれず、価値や可能性が十分認知されていない、つまり鑑賞や学びの対象になっていない面がある。(その点はアートと好対照で、日本に暮らす多くの人は日常的に深澤直人や佐藤可士和のデザインに接しているが、日常的でないピカソやウォーホルの作品のほうがはるかに価値が認知されている。)
いわゆる美術館に比べて、日本の多くの人々にとってまだ得体の知れないデザインミュージアムというものに、どれほどの人が関心を持ち、展覧会のたびに足を運び、お金を払うか。また設立に協力するだろうか。

また上記2のように、既存の工芸系ミュージアムをデザインミュージアムへと発展させるケースは、日本ではおそらくかなり難しい。国立近代美術館が2002年のリニューアルでデザインギャラリーを新設した際、同美術館工芸館が企画した最初の展覧会は陶磁器デザイナーの森正洋で、より著名な柳宗理の展示でなかったのは「デパートで値札のついているものをファインアートに並べるのはどうか」という抵抗があったからだと聞いたことがある(森正洋の作品は陶磁器ゆえに工芸に近い、という解釈らしい)。少々前の話とはいえ21世紀の事例だということに驚かされた。これは近代美術館の認識のせいというより、日本では他国に比べて工芸〜民芸があまりに重いジャンルであるからのように思う。また欧米では伝統工芸から現在のデザインまでがいちおう線的関係であるのに対し、日本は工芸と(外来文化である)デザインに根本的な断絶があると捉えられるかもしれない。

一方、日本のデザインミュージアムとして現実味があり、集客の拡大も期待できるのは、上記3のMoMA型の公立複合施設に違いない。こうした施設では、ある分野を目当てとする来場者が館内を回遊して他の分野に接点をもち、それぞれに裾野を広げるような相乗効果が起こりうる。イメージとしては、東京都現代美術館と東京都写真美術館が一体になり、ファッションやグラフィックを含む幅広いデザインや建築を扱う部門が加わるような。そして、この案はそれほど荒唐無稽でもない気がしているが、どうか。

いちおうの提案として……

木場にある東京都現代美術館(MOT)は、建築にも精通した長谷川祐子という世界的キュレーターを擁するすばらしい美術館だが、開館当初から指摘されるアクセスの不便さはどうにもしがたい。たとえば六本木・森美術館の2019年の塩田千春展が入場者数66万人を超えたのに対し、MOTの観覧者数が年間50万人前後に留まってきたのは、何よりアクセスが大きな要因なのでは。それならMOTを都心に移転するとの同時に、建築デザイン部門を新設してデザインミュージアムの機能をもたせたい。「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」という呼びかけよりも、MOTの不便さを移転拡張リニューアルによって解消する提案のほうが、多くの人の共感を得やすいと思う。

候補となる場所は、広い敷地があり環境とアクセスのいいところ、たとえば代々木公園。この公園は東京都の管轄で、特に屋外音楽ホールのある南端部は原宿からも渋谷からも足を運びやすく、近隣には日本の近代建築の金字塔である代々木体育館もある。周囲の環境や動線を整備し、カフェなどの付帯施設も充実させると、海外や地方からの旅行者が必ず立ち寄る文化的スポットが生まれることになる。次の都知事候補や首相候補が公約にするほどの効果があると思うが、どうだろう……。

現在、代々木公園内のこの場所では、東京都と渋谷区によりサッカースタジアム兼多目的アリーナの計画が検討されているという。オリンピックに向けて新国立競技場が完成した現在、数kmしか離れていない場所にさらにスタジアムをつくるのは普通に考えて不合理だ。ちなみに新国立競技場の総工費は2520億円(試算)に及ぶとされ、検討中の新スタジアムはそこまでの規模でないものの屋根付き全天候型なので相当のコストが予想される。
それに対して、2007年に六本木で開館した新国立美術館(延床面積49,834m2/展示面積約14,000m2)の建設費は350億円程度。現在のMOTの規模は延床面積33,515m2/展示面積約7,400m2/収蔵庫約3,100m2なので、建設コスト自体は大幅に少なく済みそう。(ただし上記のサッカースタジアムのデザイン案を手がけたのが、「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」の主要メンバーでもある建築家の田根剛さんなのが心苦しい……)

MOTが移転したら現在の木場の施設はどうするかというと、有効利用は可能だろう。「日本にデザインミュージアムをつくろう準備室vol.1」公開ミーティング議事録( https://note.com/designmuseum/n/n96ae32513b62 )では、「ニューヨークのMoMAもロンドンのテートもそうなんですが、郊外に大きな収蔵庫を自分で建てたり、美術品専門の運送会社がつくっている大きな倉庫を借りたり」しているという。それに倣うと、木場の建物を収蔵庫として使用しつづけることで、新しいミュージアムをよりコンパクトにできる。さらに、バーゼルのSchaulagerのように収蔵施設の一部を展示スペースにしたり(2018年まで)、ニューヨークのDia:BeaconやミラノのPirelli Hangar Bicocca のように大型作品にフォーカスした常設空間を併設したり、MoMAのPS1のように本館とはアプローチの異なる分館にする選択肢もある。

いちばん重要な課題について。

前半でも触れたように、個人的に新しいデザインミュージアムに期待するのは「収集、研究、公開」の3つの中では研究。仮にデザインミュージアムが完成する目処がついたとしても、どんな収集や展示のキュレーションがなされていくかのほうが重要であり、その中心にデザインの研究が位置づけられる。鍵になるのは言うまでもなく人材だが、日本にデザインミュージアムが存在してこなかった以上、その起用、育成、環境づくりが大きな課題になる。これはお金だけでは解決できない、時間と工夫を要するテーマだ。もちろん国内の既存の美術館でもデザインに力を入れている施設がいくつかあり、そのノウハウは生かされるべきだし、デザインディレクターやジャーナリストとして活動している人々の中にも素養を持つ人はいるだろう。

一方で、欧米のミュージアムからキュレーターやスタッフを招聘するのも望ましい。森美術館が開館当初にデイヴィッド・エリオットを館長として招いたように、たとえばMoMAのパオラ・アントネッリのような人物がデザイン部門を率いて方向性を定め、まず先進的なミュージアムのノウハウの吸収に万全を期す。日本〜東京としての個性を改めて打ち出すのは、さらに数年後で構わないと思う。というのも経験上、日本でデザインミュージアムというと、往年のデザイナーものの名作家具や日用品が並ぶアーカイブ的な場所がいまだにイメージされがちに思えるから。昨年、アントネッリがキュレーションしたミラノ・トリエンナーレの「Broken Nature」展は、環境破壊をテーマに多様な領域の作品を集めたものであるとともに、近未来のデザインの存在意義を提示する内容だった。展示品の大多数は2010年代、それもその後半に発表された作品が多く、アントネッリとともにキュレーションを担ったMoMAリサーチャーのAla Tannirは1990年生まれ。これが現在の視点で的確にデザインを捉えるアプローチのリアルだろう。


2017年、M+のキュレーターの横山さんとAric Chen(2018年に退任)に香港で話を聞き、現在は2020〜21年オープン予定とされるこのミュージアムのスケールの大きさ(延床面積60,000 m²、総工費約700億円とも)にただただ圧倒された。やたらハードルの多そうな日本での公的デザインミュージアム設立は諦めて、M+の設立に最大限の協力をすることが、アーカイブを含めた日本のリソースを最も有効に活用する手段なのではと思わされるほどだった。そのほうが、世界規模、地域規模で考えたら多くの人々の目に触れることになるし、アーカイブや研究の体制も整っている。地理的にも日本から観に行くハードルは高くない。協力を惜しまない代りに、展示キャプションやカタログのテキストに日本語を用意してもらうようなバーターを……とか。

いまもそんな気持ちがないことはないが、「日本にデザイン・ミュージアムをつくろう!」の投稿からつい触発されるところもあり、夢と妄想を加えながら、やや暴走気味に綴ったのがこの文章の趣旨。誤認や不正確な点もありうるし、多少ネガティブな意見も述べてしまったが、多くの困難をふまえて議論をつづけ公開しているメンバーの方々には敬意しかない。今後の動向を見つつ、加筆修正できたらと思っています。

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