彼女が先鋭化した理由
巷で話題の論客・鈴木葵(あおい)女史の話をする前に、確認しておかなければならないことがある。
今日は、”令和6年”3月18日(月)だが、かの鈴木女史は、そういう言い方は決してしない。
彼女はいつでも、”2024年”3月18日(月)という。
なぜか。
鈴木女史は、極めて先鋭的な、”元号廃止論者”なのだ。
「だって、おかしいでしょう」
インタビューのしょっぱなから、目が据わっている鈴木女史は、口角泡を飛ばしかねない勢いだった。
「アメリカで、” Reiwa six year"といったところで、誰に通じると思いますか。グローバリズムが叫ばれる現代で、日本国内でしか通用しない呼び方に固執するのは、ナンセンスです」
「なるほど。でも、イスラム教諸国では、アラビア歴というのがありますよね。西暦は西暦として、日本固有の呼称があってもいいのではないですか」
鈴木女史は、断固として首を左右に振る。
どうやら、許しがたいようだ。
「混乱を招く元です。わたしは1988年生まれですが、学校では、近代日本史を習う際、明治、大正、昭和の3つだけ覚えればよかった。今の子は、それに加えて、平成、令和と覚えなきゃならない。負担になるだけです」
メガネの奥の鈴木葵女史の目が、鋭く光る。
「そもそも、各種書類の日付欄を見てごらんなさい。西暦のもの、元号のもの。公式な書類でさえ、まったく統一がとれていない」
その指摘には、ぼくも同感だった。ぼくの娘は平成生まれだが、それを西暦でいうとなると、咄嗟に出てこなかったりする。
去年、実家の父親が亡くなった時もそうだ。
生年月日を元号で覚えていたので、各種書類に西暦で生年月日を記入する際、間違えそうで、いちいちスマートフォンのアプリで確認していた。
黙ってしまったぼくが、自説に納得したと思ったのか、鈴木女史は言葉を続けた。
「さらにですね、元号が、差別を生むこともあるのです」
「差別、ですか」
「そうです」
頷いた鈴木女史は、思い出しただけでも不愉快なのか、顔をしかめ、自らの経験談を語った。
「じつは、わたしたち夫婦は長いこと、子宝に恵まれず、不妊治療を受けていたのです」
静かに言葉を続ける。
「それが昨年になって、ようやく治療が実を結び、第一子を授かることができました」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
鈴木女史は、真面目な表情で、ぼくの言葉に謝意を表す。
「でも、女史が不妊治療に成功されたことと、元号にどういう関係が…」
「産院で看護師にいわれたのです」
悔しそうな顔になり、鈴木女史は、屈辱的な思い出を語った。
「わたしの保険証の生年月日を見た若い看護師が、”昭和…”と」
あ、と思った。
看護師には女史を馬鹿にする気はなかったのかもしれない。
しかし、プライドの高い女史にとって、年齢は触れてほしくない、デリケートな問題だったのだ。
「保険証に”1988年”と書いてあれば、あんな風にいわれなくてよかったかもしれない。”昭和63年”と書いてあったばっかりに」
”気にされないほうが”とか、”そういう意味ではないと思いますよ”とか、ありきたりのなぐさめの言葉が浮かんだが、どれもこの場にふさわしいとは思えず、ぼくは口をつぐんでしまった。
しかし、そこでぼくは、鈴木葵女史に関する、べつなテーマがあるのを思い出した。
「そういえば、女史は、男女別姓の実現を主張されてらっしゃいますが、それは、どういう理由からでしょうか」
話題が変わったことで鈴木女史に、世間で評判の、”先鋭的な女性論客”の雰囲気が戻ってきた。
「それも、まったくナンセンスです」
メガネの奥の鈴木女史の目が、再び、鋭く光る。
「夫婦は、どちらかが、どちらかの附属物ではありません。なぜ、結婚したからといって、どちらか同一の姓に統一しなければ、いけないのでしょうか」
「でも、さきほど女史は、西暦と元号、ふたつあると混乱するとおっしゃってましたが、ひとつの家庭内にふたつの姓があると、まぎわらしいのではないですか」
「それとこれは、問題が別です」
きっぱりと女史は断言する。
「結婚は、家同士の取り決め、という時代は過去のものとなりました。いまは、結婚は個人と個人の契約の時代です」
女史の言葉にも熱がこもり出す。
「いまや、結婚したカップルの3組に1組が離婚する時代ですよ。結婚しても仕事を続ける女性も増え続けています。姓が変わることで、業務に支障をきたすケースもあるのではないでしょうか」
「でも、子どもが産まれたらどうするんです。父親と母親、どちらの姓を名乗るのでしょうか」
「とりあえずは夫婦で話し合い、どちらかの姓にし、子どもが成長したら、本人に決めさせればいいでしょう」
「西暦と元号は統一、姓は別姓、ですか。なんとなく、整合性がとれないような気がするのですが」
「わたしの中では、整合性がとれています」
鈴木葵女史は、なにごとかを確信する表情で答えた。
「そういえば、”鈴木”というのは旧姓だとお聞きしたのですが、ご主人の姓はなんとおっしゃるのですか」
「主人は、一般の会社勤めなので、非公開なのですが…」
これまでの、はっきりした物言いとは打って変わって、女史は答えにくそうだった。
「記事にしないで、いただけるなら、お答えしますけど」
「承知しました」
「”あおい”です」
「はい、鈴木”葵(あおい)”ですよね」
「いえ…」
女史は、いいづらそうだった。
「姓が、青井(あおい)です」
「では、続けると、”青井葵(あおいあおい)”」
「そうです…」
なるほど、別姓にしたいわけだ、とぼくは納得した。
世の中、いろいろある…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?