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向日葵の約束

Instagramでアップしようとしたら筆なのか指なのかが止まらず、文字数制限を喰らったのでこちらに記す。

出会いは小学校5年生の時
諸事情が沢山重なって5年生から卒業するまで放課後1人の時間が多かった。
ひょんなご縁でギターという物が身近になったので、親に我儘を沢山言って買ってもらった。
それがこのスタッフォードのサンバーストのアコースティックギター。一目惚れだった。誰にも打ち明けられない己の全てを幼いながらにぶつけた。

君と沢山ストリートライブした
村のお祭りでもライブした
雨の日も、風の日も、雪の日もライブした
毎週末、当時の相方と駅にストリートライブをしに行くのが楽しみで仕方がなかった。
今思うと両親と当時の相方のご家族には本当に頭が上がらない。毎日毎日、21時22時まで家に居させてくれて、ご飯も食べさせてくれて、2人で練習をさせてくれた。この場を借りてありがとうございます。

とある真冬、駅でいつもの様に通りすがりの上品なお婆ちゃんが立ち止まってライブを見てくれた。
曲が終わると「これで温かいお蕎麦でも食べなさい」って、ポチ袋を渡してくれて「ありがとうございます!お腹空き過ぎてたのですぐに食べに行きます!」と、お伝えすると「若い力に感動したよ!寒いけど頑張ってね!って、笑顔でお別れした。
ポチ袋を開けてみると綺麗に折り畳まれた一万円札が入ってた。当時の相方と2人で顔を見合わせてびっくりした。
早々に楽器や譜面台をしまって、近くの蕎麦屋に駆け込んだ。「あったけーっ!うめーっ!」って、泣きながら有難く頂いたのを覚えている。かけそばと丼のセット。寒くて寒くて堪らなくて、無心で麺とつゆと米を掻っ込んだ。悴んだ手が一気に痒くなった。お会計の時に二人で一万円札を出したら店員さんがびっくりしてた。残ったお釣りは、公民館で練習する時の費用に当てた。

中学ではエレキギターとスケートボードにどハマりしてしまい、絵に描いたような反抗期の爆音バンドスケーター小僧になってしまい、めっきりアコースティックギターを触らなくなってしまった。因みに吹奏楽部だった。(パートはチューバ)パンクやロックにハマり過ぎて「アコギなんかジジイが弾くもんだ!SKATE ROCK HELL YEAH!!!」などと、当時も今も整合性がつかない厨二病あるあるアティテュードとスローガンを掲げて、フルテンのアンプにディストーション掛けたりしていた(ヘッドホン無し)。お陰で毎日両親と喧嘩になった。喧嘩が終わると直ぐ外に出て遊び呆けた。
学校には友達と給食を食べに行っていた。放課後はいつもの公園で夜までスケートボードをした。帰宅してから朝方まで歪みを掛けたエレキギターを担ぎ、テレビデオで好きなバンドの映像を前に、毎度同じみのフレーズばかりを掻き鳴らした。
遅刻が学年で一番多かった。でも毎日登校した。皆が授業を受けている時は廊下やトイレや校内を走り回っていた。それでも学年の皆とも、先生達ともスーパー仲良しだった。

奇跡が起こった。吹奏楽部だったのに謎にスポーツ推薦がきた!(笑)学校説明会で来ていた先生がラグビー部の主任で、身体デカかったからスカウトされた。中学をてきとうに過ごしていた俺がスポーツ推薦なんぞで高校に入るもんならPTAしかり大問題になると、先生達が通信簿をオール4にフィックスしてくれて自己推薦枠で高校に入学が決まった。義務教育下での完全なキャラ勝ちだった。

高校ではラグビーとベースにのめり込んだ。
バンドを組もうってなったギターの奴が上手過ぎて、俺のギターは要らんだろと自分の中で結論が出たので自らベースを選んだ。(この時にバンドにおけるベースのパートがどれ程重要かを初めて学んだ。失敗したと思った。笑)部活が終わった後は、ベースと偶にバンドの練習。学校指定の強化部だったし、学校が家からかなり距離があったので過酷な毎日だった(どの口がいっているんだ)。部活が終わって家に帰るのが21時とかだったかな?ここでも親に本当に感謝だ。毎日の弁当を作ってくれて、送り迎えもしてくれて、家に帰ってきたと思ったら2階から低音が鳴り轟くのだ。俺が親ならたまったものではない。案の定毎日喧嘩になった。それでも楽しくて楽しくてやめられなかった。合宿後の試合の日はボロボロで帰宅して、靴を脱ぎながら玄関で寝てしまった日も何度かあった。

ある日、ボーカルが突然病に倒れた。
同じクラスメイトで、同じ強化部の陸上部で、年に一ヶ月もないオフを使って当時未知で憧れだった東京に芸能活動もしに行っていた、タフで、学校一明るい、皆に好かれる、何でも話せる親友だった女だった。
白血病だった。闘病中、良く文通をしていた。機会ができたのでお見舞いに行くと見違えるくらい痩せ細っていた。顔色が青黒くなっていてもいつもと変わらない笑顔マックスで迎え入れてくれた。
学校での出来事、部活のこと、好きな人のこと、バンドのこと、ビニールシート越しに笑いながら沢山話した。当時世間では映画の世界の中心で愛を叫ぶという作品が空前の大ヒットだった。見舞いも終盤に差し掛かり、別れ際に彼女がふと手を上げ「ねえねえ、これってリアルセカチューじゃん!」と、満面の笑顔でビニール一枚越しに手を合わせてきた。微かな温もりを感じた。こっちは全力の作り笑いだ。
病室を去りボロボロと泣いた。
助けて下さい!と、心の中で何度も叫んだ。

昨日まで最強だったあんなに明朗快活な彼女が突然病に倒れたんだ。人生は本当に何が起こるか分からない。一緒に大人になりたかった。
闘病生活も終盤、俺達には絶対弱音なんか言わなかった彼女の口癖が「生きたい」だったらしい。
衰弱しきった彼女のこの世で最期の言葉は「お父さん、お母さん生んでくれてありがとう!」だったようだ。俺と交わした最期の言葉は「私の分も音楽を続けてね」だった。
卒業式、亡くなった学生は卒業生の頭数には入らない決まりがあると聞いた。許せなかった。
クラスメートと卒業式ジャックを企てた。
綿密に計画を進め「ちょっと待ってください!」の一言で閉会の言葉を遮った。それから皆で彼女と、式に来てくれていた彼女のご両親だけの為に卒業式を開き直した。
皆で事前に準備していた手書きの卒業証書をご両親に渡した。物凄く喜んでくれた。学校全員でわーわー泣いた。

大学はラグビー推薦で入学した。高校一年時からお声掛けして頂いていた大学だった。高校の時から悩んでいた首の怪我で思う様にプレーできず、一年で辞めた。
だが、この短い在学中にまさかの出会いがあった。他クラスの生徒もいる大きな教室での授業で、右斜前方に先生の話も聞かず、フードを被ってひたすらにノートに何かを書いている男がいた。よく見るとグラフティのスローアップだった。授業中ずっと描いてた。
ラグビーも思う様にプレーできず。寮生活で軟禁状態。誰かがタスクを怠った時に発動する外禁例(外出禁止)も理解できず。アラームのバイブレーションで起きる神経質な同じ高校の出身の4年生の先輩との2人きりでの相部屋生活では楽器、ましてやバンドなど出来るわけもなく、沸々とした思いが鬱積していた俺は、何故か彼に話し掛けたくてしょうがなかった。
一瞬で仲良くなった。流石同い年。
聴いてきた音楽や通ってきたサブカルチャーなど話が合うわ合うわ。
絶対外れないテストの答え合わせをしてるみたいなもんだった。

その後直ぐに大学をドロップアウトした。
辞めてからももちょくちょく遊んでいた。
そしてバンドを組んだ。
名はZIPANG。
チューニングをドロップC#にまで下げてたミクスチャーヘビーラウドロックバンドだ(ネーミングセンス)。
彼はギターボーカル、俺はベースコーラス。
埼玉と茨城、そこそこな遠距離だ。
2年程活動したのかな?程なくして解散した。若かった。ただ青かった。
バンドが解散した後もちょくちょく会っていた。

そしてまた茨城で会った。
ZIPANG時代のバンドの仲間達がサプライズで機会を作ってくれた。何の因果か、また音楽で再会した。一瞬で決めた。
「また一緒に音楽をやろう!」
気づいた時にはもうそう言ってた。
その日はアコースティックイベントだった。

今は2人でフォークギターを担いで歌っている。メンバーも増え、バンドになった。今でもこの船に乗ってきてくれるクルーがいる。メンバーもまた増えた。心からやりたい音楽を大好きな皆と奏でている。俺は幸せ者だ。
気づけば結成9年。いまだに気づきが沢山ある。言葉は強い。諸刃の剣みたいなもんだ。それをバンドの音で包むんだ。

これ以降の話はまだ旅の途中なので、未だ続いている未来を歌で大切に紡いでいこうと思います。
書き足りないことは山程あるけどざっと振り返ってみた。また気が向いたら書いてみよう。

偏った思考とコロコロと熱が変わる性分のお陰で37歳になる今でも楽器は全然上手く弾けない。真面目に練習してくれば良かった。
ありがとう音楽。

楽器も含め、普段あまり使わなくなった物や、お前の方が絶対似合うだろ!って物は、他に大切にしてくれる人のもとへ行った方が良いと思うから良くあげちゃったりするんだけど、
君だけは手放せない。

姉の代からあったヤマハのアップライトピアノはいつからか無くなっていた。
帰省して実家の二階にいつものように上がると必ずそこにある君。ただいま。あれから27年が過ぎようとする今、東京でフォークバンドを一生懸命やっているのは君のお陰だよ。次帰ってくる時には新しい弦を張るね。

近々新曲達を出します。
バンドの皆で大切に育んだこの曲達が
誰かのBGMに
子供達が口ずさめるような曲に
そんな風になって欲しいと願っています。

ありがとう

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