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第14回 共同で脚本を書くことの面白さと難しさ

[編集部からの連載ご案内]
脚本を書かれた『百円の恋』(2014)、その中国でのリメイク版が爆発的大ヒット! 7月5日から日本でも公開される『YOLO 百元の恋』も楽しみな、脚本家・監督の足立紳さんによる脱線混じりの脚本(家)についての話です。(月1回更新予定)


ドラマや映画作りにおいて脚本という作業は基本的にたった一人でやるので非常に孤独な作業となりまして、僕なんかはその孤独さに耐えきれずにいつも仕事から逃げています。孤独な作業ではあるのですが、以前にも書いたように監督やプロデューサー、俳優さんなど様々な部署の方々から多くの意見や質問などもいただくことがあるので、たった一人でやっているのに共同作業的な面もありまして、ときには「あー、うるせぇ! だったらおまえたちが書けよ!」なんて心の中でわめいてしまうこともしばしばあります。「孤独な共同作業」という矛盾した部分が多いので、脚本というのはストレスの多い部署と言えるような気がします。いえ、僕は脚本以外では演出部と制作部の経験しかないので、他の部署にも「脚本なんかよりこっちのほうが面倒くさい部署なんだよ!」と声を大にしておっしゃりたい方もいらっしゃるかもしれませんが。

脚本部とはそんな部署ですが、執筆の際にもたまにたった一人ではないときがあります。読者のみなさんもご覧になったことがあるかと思いますが、映画やドラマを見ていると脚本家の名前が複数名クレジットされていることがしばしばあります。これはどういうことかと言いますと、まずは「共同脚本」というケースか、あるいは最初に書いていた脚本家が降板した、もしくはクビになったがその脚本家の書いたセリフや場面が残っているので複数名クレジットになっている、などと様々なパターンがあります。

僕も何度か複数名の脚本のクレジットに名前が載ったことがあります。『嘘八百』という、中井貴一さんと佐々木蔵之介さん扮する古物商と陶芸家がだましだまされの騒動を繰り広げるコメディ映画は今井雅子さんとの共同脚本で、これはどういう形で進めたかと言いますと、今井さんが書かれた脚本を僕が直して、それをまた今井さんが直してと、キャッチボールのように脚本を投げ合って書いたものです。特に第一作に関してはストーリーの骨格を今井さんが作ってくださって、僕はキャラクターの骨格を作るという役割がわりとくっきりとしていました。今井さんと監督の武正晴さんとで新宿の喫茶店に集まってはどんな話にするかを話し合い、それをまずは今井さんがショートプロットにしてまた話し合いが続き、そのショートプロットをまた今井さんがロングプロットにして、物語の大まかな流れが決まったところで脚本の初稿を僕が書いてキャラクターに味をつけていく、という感じでした。

ですのでキャラクターが出来上がっている第二作の『嘘八百 京町ロワイヤル』以降は今井さんにおんぶに抱っこみたいな感じではありますが、基本的には今井さんの書かれたものを投げていただいて僕も書けるところは書いて、また今井さんに投げてという往復書簡形式で『嘘八百』は第三作まで出来ました。僕個人としては物語の流れを作るよりもキャラクターを作るほうが好きなので、得意分野に力をそそげるストレスの少ない共同脚本でした。それに今井さんのお人柄もあるのですが、こちらの話すことによく笑ってくださったり突飛なアイデアもまずは受け入れたりという器の大きな方なので、一緒に脚本を開発して書くというパートナーとして最高の方に恵まれたと僕は思っています。相性というものが当たり前ですが一番大切で、こればかりは一緒にやってみないとわからない部分が多いと思います。

逆にクレジットは連名ながらも共同脚本とは言えない場合もありました。僕はその作品の脚本作りの途中から参加したのですが、それまでは企画したプロデューサーが脚本を書いていました。プロデューサー氏は本当は「この人に書いてほしい」という脚本家がいました。脚本家というか有名な劇作家の方でしたが、その方が多忙を極めていたために、プロデューサー氏は自分で書いていたようです。ただ、慣れぬ作業だったのでしょう。監督から僕に共同脚本という形で入ってほしいと連絡が来て途中から参加することになったのです。僕も若くて血気盛んだったからかもしれませんが、先行して書いていたプロデューサー氏の脚本を面白いとは思えず、ほぼ違う形に直してしまったがために、彼とぶつかってしまいました。互いにひどい言葉も口から出てしまいましたが、長時間の話し合いの結果、プロデューサー氏の意向に沿う形で書くことになりました。

僕は若くて血気盛んではありましたが、その仕事を降りる勇気はありませんでした。勇気というか、脚本がどんなに自分の意に沿わないものになろうとも、当時は脚本に自分の名前がクレジットされることのほうが重要でした。その考えが誤りなのは今ならわかりますが、それでも若い脚本家の方が同じことで悩んでいる場面に遭遇したら降板したほうがいいと思いつつも、簡単にそうは言えません。まだ世に出ていない脚本家にとって名前がクレジットされることはそれだけで嬉しいものだからです。今思い返しても僕は、その仕事に対して結論のようなものが出せていませんが、人間的にそのプロデューサー氏が僕にとって嫌な人だったという訳では決してなく、その企画においては相性が合わなかったというだけかもしれません。いずれにせよ僕にとって、その作品の仕事はクレジット的には共同脚本という見え方をしているのでしょうが、共同脚本ではありません。こういうことが複数名脚本になっている映画やドラマではけっこうあるのではないかと思います。

共同脚本で難しいのはやはり人間的な相性と、企画に対する互いの考え方の違いをどう擦り合わせていくかでしょう。脚本の書き方も脚本家それぞれに違います。いきなり脚本を書く人もいれば綿密に構成を立てる人もいますから、その擦り合わせもせねばなりません。物語の前半と後半を分担して書くとか、キャラクターを分担して書くというようなこともあると聞いたことがあります。どちらのやり方も僕には想像しにくいものではありますが、やってみると意外と面白いかもしれません。共同脚本の醍醐味は、今まで自分では思いもしなかったアイデアが相手から出て来るとか、「え、この人、こんなふうに脚本を書くんだ!?」なんて驚きがあることだと思います。そういう意味で、僕はいつか「チーム制」の脚本に参加してみたいという思いが強くあります。

海外の連続配信ドラマなどはほとんどがチーム制と聞きます。もちろん、企画を立てて脚本家チームを組んで、脚本作りを引っ張る「ショーランナー」という立場で参加できたら嬉しいですが、力のある複数の脚本家が集まって侃侃諤諤とキャラクターや物語を作っていく場にいられれば、他人の発想や才能にワクワクしつつ嫉妬もしつつ、自分の世の中や人間に対する見方の視野も広がるような期待があります。もちろん強烈な個性を持つ作家が一人で書く脚本はそれはそれで素晴らしいのですが、僕の場合は自分一人の力などたかがしれたものでしかありませんので、いつかチーム制の脚本に参加してみたいと思っているのです。

足立紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。2014年『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、菊島隆三賞など受賞。2016年、NHKドラマ『佐知とマユ』にて市川森一脚本賞受賞。同年『14の夜』で映画監督デビュー。2019年、原作・脚本・監督を手掛けた『喜劇 愛妻物語』で第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。その他の脚本作品に『劇場版アンダードッグ 前編・後編』『拾われた男 LOST MAN FOUND』など多数。2023年後期のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の脚本も担当。同年春公開の監督最新作『雑魚どもよ、大志を抱け!』でTAⅯA映画賞最優秀作品賞と高崎映画祭最優秀監督賞を受賞。著書に最新刊の『春よ来い、マジで来い』ほか、『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』『それでも俺は、妻としたい』『したいとか、したくないとかの話じゃない』など。現在「ゲットナビweb」で日記「後ろ向きで進む」連載中。
足立紳の個人事務所 TAMAKAN Twitter:@shin_adachi_

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