【連載】ノスタルジア大図鑑#15|絵で見る商店街:立石仲見世商店街④
画家・濱田恵理子さんイチオシの商店街を、味わい深いイラストとマニアックな視点で紹介する〈 絵で見る商店街 〉の第4回目をお届けします。
闇市として生まれ、現在もその面影が色濃く残る「立石仲見世商店街」。
今回は1〜3回までに紹介した通りの向かい側のお店の皆さんを紹介していたただきます。
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【ノスタルジア大図鑑とは】
昭和やそれ以前、物心ついた頃からあたりまえにあったもの。
めまぐるしく移り変わる時代の中で、気づいた時には無くなっていることも。さまざまな理由で「このまま放っておいたらいつか無くなってしまうかもしれないもの」、後世までずっと残して受け継いでいきたいと思う「日本の文化・日々の暮らしの中の物事」を取り上げ、個性豊かな執筆陣による合同連載<ノスタルジア大図鑑>としてお届けしていきます。
第4回:立石仲見世商店街 その4
年々、さまざまな要因で衰退しつつある商店街。もっとも栄えたのは、高度経済成長期の頃だったのではないでしょうか。
では、商店街とは一体いつからあったのでしょう。
その起源は安土桃山時代の楽市・楽座まで遡るとも言われています。ほかには江戸時代に街道沿いに発達した宿場町や、鉄道駅周辺、そして現在では仲見世と呼ばれる寺院周辺の道で商品を展示しながら販売する場所も、商店街の始まりと考えられます。
そんな長い歴史の中でも、現在の商店街に面影を残しているのが戦後の「闇市」ではないでしょうか。
闇市とは、敗戦後、焼け跡などに自然発生的に形成された自由市場のことです。モノ不足に対処するため、非合法に設けられた独自の価格で取引を行なっていました。食糧や物資の不足は戦中よりも悪化し、配給だけではまったく足りなかったのです。
闇市では、値段は高いけれど、さつまいもや果物、パンや卵、酒(「金魚酒」と呼ばれる金魚も泳げるほどの薄い酒)からタバコまで、さまざまなものが売られていました。
しかし、ほんの数年でGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって廃止され、路上のお店は消えてゆきました。
ところが闇市は完全に消えてしまったわけではなく、そこで商売をしていた人々が本格的に店を構え、それが現在の商店街の基礎となっているという場所も少なくありません。
立石仲見世商店街も、商店街となる前は闇市でした。
ほかにも東京で、かつての雰囲気を思わせる一角が残っているのは、新宿西口の「思い出横丁」、上野の「アメヤ横丁」、吉祥寺の「ハモニカ横丁」などが有名です。
戦後の「なにがなんでも稼いで生き延びなければ」という人々の強い思いや勢いから商店街が生まれ、町を活気づけ、日本の発展に繋がっていたのだろうと感じました。
今回の〈立石仲見世商店街 その4〉では再び立石駅側に戻り、これまで紹介したお店の向かい側の並びを見ていきましょう!
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立石駅から仲見世商店街に到着したとき、まず目に飛び込んでくるのが『鈴屋食品』さんです。
お漬物、タイの粕漬、サンマの開き、切り身魚、塩辛などや煮豆までさまざまなお惣菜が店頭に並んでいます。こちらはいつでも一人一人にとても丁寧な接客をしているのが印象的です。ご家族で経営しており、私がお店の前を通って挨拶をすると、いつもみんなニコッと素敵な笑顔で挨拶を返してくれます。4代目となるお嬢さんもときどきお手伝いをしているところを見かけます。
そんな鈴屋さんの2代目、長谷幸太郎さんにお話を伺うことができました。
鈴屋食品さんは戦後間もない昭和21年に、帰還兵だった幸太郎さんの父・粂次郎さんが始めたお店。
帰還して、これから家族を養うために商売を始めようと思っていたところに、昔の縁で声をかけてくれた人がいました。のちに店名の由来にもなった鈴木さんという方です。戦前、まだ幼い粂次郎さんが丁稚奉公をしていたのが、開業した鈴木さんの飴屋さんだったのです。
現在の商店街の場所には、戦後、いつからか闇市が開かれるようになりました。その場所を取り仕切っていた鈴木さんが、帰還した粂次郎さんに商売の話を持ちかけてくれました。とはいえ、資金もなかったため何も売るものがありません。困っていた粂次郎さんに、鈴木さんは自分の畑で取れた菜っ葉を分け与え、これで売り上げの半分をくれればいいよと言ってくれたのでした。
「だから初めはこの場所で、ダンボールに入った菜っ葉を売っていたんだよ」と懐かしそうに話してくださいました。
みんなが大変なこの時期に、こんなにも親切にしてくれたこの人のことを忘れてはいけない。その思いで店名を鈴木さんの苗字から一文字とった『鈴屋食品』にしたそうです。
このお話を聞いて、どんな時代でも人と人との繋がりはかけがえのないものであることや、またどこで繋がるかわからない、人とのご縁を大切にする気持ちを改めて感じました。
さて、現在の鈴屋食品さんの店頭に並ぶものをじっくり見てみましょう。
この中でも黄色いたくあんは、昔からの漬け方で作り続けているそうで、少し甘みのある優しい味がします。ほかにもミョウガやラッキョウ、柴漬けなど、白いご飯がすすみそうなお惣菜がたくさんあります。
その隣にはさまざまな種類の煮豆が。うずら豆を甘く煮込んだものは珍しいそうです。
グラム売りなので、私も色んな味に挑戦してみたいと思います。
もう一つ注目してもらいたいのは、店頭に下がっている籠です。
鈴屋食品では今も現役で、釣り銭を入れておくのに使っています。現在の籠は2代目だそうで、「昔はよく見たんだけどね。そのまま大事に使ってるんだよ」と話してくれました。
鈴屋食品さんの隣には少し小さいスペースに『仲見世そば』の看板が。現在は閉店しています。
ここの前には以前からアイスクリームの冷蔵庫が置いてあり、中身は入っていないのですがそのレトロな見た目に思わず足が止まります。
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続いて赤い暖簾が目立つのが、もつ焼き屋の『宇ち多゛』さんです。
こちらは出口で、入口はこの裏になります。ここから見えるカウンターの椅子は、お店から飛び出して、多少斜めになっている地面でも安定して座れるような作りになっていますね。
私も以前、ここでもつ焼きを食べました。
土曜日の昼過ぎ、閉店間際だったこともありメニューが少なかったのですが、もつが大きく、名物の梅割りも目の前でたっぷり注いでくれたので、店を出る頃にはお腹も心も満たされていたことを今でも覚えています。
店内は思っていたよりも広く、テーブルと椅子もたくさんあるのでほかのお客さんとみんなで一緒に食べているような気分です。天井は低く木製のつくりになっており、仲見世商店街自体もタイムスリップした気持ちになりますが、ここの空間に入ると、さらに別の時代に行ったような、そんな気持ちになりました。
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そんな『宇ち多゛』の横に並ぶのが、『V.A.F Bear』という名の青果店です。
このお店は、ちょうど私がこの場所を描いていた2021年初頭にオープンしました。古い看板にある「安売り青果物果実」とあるのは、以前の青果店のものです。
種類豊富な野菜や果物が表にも沢山並べられ、季節を感じることができます。値段は時期によって変わりますが、スーパーマーケットで買うよりもお買い得なので私も商店街に来たときはついつい安い商品を探してしまいます。
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自転車置き場を挟んで並ぶのは、『ぽっちり 鳳龍』さんです。
店内でも飲食のできる中華料理屋さん。
お店の入り口は左側にありますが、店頭ではお持ち帰りの中華惣菜を購入することができます。店頭のカウンターからは、中で料理をしている様子もうかがえます。
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さらに進むと看板には「海鮮どんぶり丼」の文字。しかしこのお店は入り口のドアに書いてある『キッチンフジ』という名の飲み屋さんです。
足元が見えるガラスの引き戸越しには、常連さんの姿が見えます。引き戸を開けると手前にはカウンター、奥は調理スペースとなっています。
メニューはなく、頼んだお酒と一緒に何か美味しいものが出てくることもある、そんな、お家のような飲み屋さんなのです。私も何度かここにおしゃべりをしにきましたが、一旦座るとなんだか居心地がよくなって、席を立つのが名残惜しくなったのを覚えています。
続いてすぐ隣にある居酒屋『匠』と角で木調の作りが目を引く『居酒屋 はせ』。
こちらは緊急事態宣言のため、まだ開いていなかったので次回見ることにしましょう!
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駅の方に少し戻り、青果店『V.A.F Bear』と『ぽっちり 鳳龍』のあいだの通路を進むと、ひときわ目立つお店が目に飛び込んできます。
お酒と食事の美味しいお店♡ 居酒屋『たみちゃん』です。
ピンクの暖簾と看板、壁の色が、通路の色や商店街の壁の色とマッチしていますね。
さて、ここはどんな居酒屋さんなのでしょうか。
「たみちゃん、こんにちは〜」と、まだオープン前のお店の引き戸を開けると、「あら、こんにちは〜!」とにこにこ可愛らしい笑顔で挨拶をしてくれました。
入るとすぐにカウンターで、今はコロナ対策のためパーテーションや透明のカーテンで仕切られています。たみちゃんはもちろんピンクのシャツに、ピンクの模様が入ったエプロンをしていました。
たみちゃんが立石にお店を構えたのは今から20年前。(今年の8月は20周年記念でした!)
昔から立石にいたたみちゃんは、この場所で昔居酒屋さんをしていたママととても仲が良かったそうです。そのママが亡くなったあと、中継ぎのお店もありましたが、最終的にこの場所で、たみちゃんが再び居酒屋を開くことになったのです。
昔親が作ってくれた懐かしい味の家庭料理に、自身も大好きなお酒。日本酒は体に良い純米酒を取り寄せています。素材にもこだわっており、料理の野菜は家の近くの美味しい八百屋さんで卸してもらっているそうです。
そんな話をしながらどんどん料理が完成していき、私が訪れた日はこんなメニューが揃っていました。
ここに、コロッケやとんかつ、ハンバーグなども置かれます。人気のメニューはポテトサラダだそうです。
優しいお母さんのような雰囲気のたみちゃんに会いに、きっと今日も訪れる人がいるんだろうなぁと感じる温かいお店です。
緊急事態宣言開けの現在は、月曜日・火曜日・金曜日・土曜日の夕方から営業をしています。
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10月に入り、少しずつ以前のような活気が戻ってきた「立石仲見世商店街」。
再開する日にちはバラバラなようなのでまだ開いていないお店もありますが、それぞれのお店で感染対策をして営業をしている様子がみられました。以前のように食べたり飲んだりできる日も、そう遠くはないかもしれませんね。
【商店街データ】
立石仲見世共盛会
〒124-0012 東京都葛飾区立石1-20-4
●設立:1954年11月17日(法人登記)
●WEB:https://www.tateishinakamise.jp
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【著者プロフィール】
濱田 恵理子
葛飾区在住の画家。多摩美術大学油画卒業。
現在は主にミリペンと水彩で日本のレトロな建物や商店街を描いている。他に、ベトナム漆絵や油絵も描く。海外で美術教師をしたことや子供の頃から様々な国を転々としたことが、日本の文化や街並みを改めて見直すきっかけとなった。
Instagramや展示会にて作品を公開している。
●Instagram : @ericohama
●Web : https://tatsumasa-e.wixsite.com/erikohamada
「絵で見る商店街」を含む、個性豊かな執筆陣による合同連載「ノスタルジア大図鑑」過去の連載はこちらから↓
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