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はじまりの土地からスタート

 はじまりの地から共同売店巡りもスタート。車で2時間ほどかけてやって来たのは、本島でもっとも北に位置する辺戸岬(へどみさき)にほど近い「奥共同店」だ。共同売店の発祥の地なのだという。
 南側は山と密林、それ以外は海に囲まれ、かつては「陸の孤島」といわれた地域である。島のなかでさらに孤島というと、トンカツの二度揚げのように入念な感じがする。
 物流の弱い島のなかにあって、さらに弱いのだから、共同売店が生まれた土地というのもうなずける。

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 外観は公民館のようで、どんな様子なのかはわからない。期待を胸に、いざ店内へ。

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子どもたちが駄菓子のくじで盛り上がっていた。レジ前の雰囲気は昔ながらの駄菓子屋っぽい。わりと普通だなあと思いかけた矢先に、なにこれスポットが現れる!

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 器の充実ぶりがすごい。店舗の広さからして、充実させすぎじゃないいか、、、と思っていたら、同行していた沖縄在住ガール(以下、沖ガール)から「沖縄のおすそ分け文化があるからです」と教えられる。
 沖ガールのおばあは、旧暦の12月8日に100個ほどムーチー(餅)をつくって近所に配るのだとか。近所で自生している月桃を刈ってきて餅をつつむのが沖縄流。それにしても、つ、つくりすぎ。ちなみに、おすそ分けしたご近所も餅をつくっているため、配っても減らないそう。
 よくある使い捨ての器ひとつにも沖縄の暮らしが見て取れるのであった。

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↑右下の大きな葉が月桃。

刈り取るといえば、鎌も売っている。よく切れそうな鎌の名前は「飛龍」。沖縄型と書かれているが、どのへんが沖縄型なのかはわからず。

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オリジナルグッズも。

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↑不思議な勢いがある「メイドイン奥産!!」のカゴ。木下さんの奥さんが作ったのか、旦那さんが作ったのかわからないが、奥産。

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↑こちらもオリジナル商品。昭和30年ごろの旧店舗あたりの写真がプリントされている。左にいるのが沖ガール。

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↑ミルクティーに入ってない状態のタピオカ。もともとはキャッサバ。となりに紅芋パウダーが並んでいるあたりも、ご当地感たっぷり。

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↑塩ビパイプのジョイントもいっぱい。台風の被害に遭うと需要があるのかなと想像。ほかで買える店がないから大量にストックしておく必要がある。

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↑クレオソート。。。ホームセンターで見かけたことがあるような、ないような。本当にいろんなものが売られていた。

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↑店が歩んできた時の流れを感じさせてくれる逸品(非売品)。戦後の経済成長、資本主義の洗練により日本の風景は画一化されてきた。小売店もそのひとつだが、共同売店には、少し異なる時間が流れている。という気がするので次回につなぐ。

つづく

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