欧州スーパーリーグ構想の顛末:ビッグクラブは自身の力を過信していた

上記ツイートの通り、筆者は欧州スーパーリーグ(ESL)構想が発表された初日にその失敗を予想していた。ツイートにも書いた通りある程度の根拠があるのだが、今回はそのまとめとしてnoteに長文をしたためようと思う。

今回の紛争はUEFA・スモールクラブの完勝であり、ビッグクラブの交渉力は落ちた

今回の紛争は、ビッグクラブが「我々が視聴者を集め稼ぐ原動力となっているのに、UEFA主催の大会では十分なリターンを得られていない」という不満がもとになっていた。

しかし、ふたを開けてみれば、むしろその逆で、ビッグクラブが依って立つところの「稼ぐ能力」に疑問が呈されたと言っていい。今回よく使われた言葉の一つが「開かれた競争」(Open competition)で、これが失われることはサッカーの魅力の減少につながるという意見が多勢であった。

「イングランドでも欧州でも、どのクラブのファンでも、自分のチームがトップへと駆け上がり、最高の選手たちとの対戦を夢見ることができる。欧州スーパーリーグはこの夢を壊してしまうと考える。フットボール全体の魅力を損なうものだ。プレミアリーグとその加盟クラブ、我々の資金と連帯感に頼って繁栄しているフットボール界すべての人々の将来に大きなダメージを与えるだろう」
この提案は、国内および欧州サッカーのピラミッド構造の中心に据えられたオープンな競争とスポーツ面でのメリットの原則に打撃を与えるものです。今日、欧州中のサッカーファンは自分たちのクラブが優れた成績を収め、トップに上り詰め、欧州サッカーの頂点で争うことを夢見ることができます。それはクラブの規模にかかわりません。ラ・リーガは、みんなのためのサッカーというこの欧州の伝統を守ります。

ビッグクラブ側は「視聴者はレベルの高い試合を見たいはずだ」と主張していたが、その「レベルの高さ」を担保しているのは「開かれた競争」で勝ったという結果であり、競争から逃げてはレベルが高いとは認められない、という立場が今回の欧州の世論として多数派であった。

ビッグクラブによる閉じた大会を開いたとしても、レベルの高さが担保しきれないので視聴者は興味を失ってしまう。リーグ戦で低迷してもリーグカップで勝てることがあるように、リーグ戦で低迷してもESLでは勝っているといったことも起きえるだろうし、そうなれば視聴者はESLにリーグカップと同程度の存在価値しか見いだせないということであろう。

現行のCLにおいては、カップの魅力を担保する「開かれた競争」のシステムを作っているのは他ならぬUEFAである。「今回のESL騒動でビッグクラブはUEFAにプレッシャーをかけることができた」とする意見もあるが、私の見方は逆である。今回の騒動で、視聴者を集める魅力の源泉がむしろUEFA(の提供する開かれた競争システム)に属していることが顕わとなった。UEFA側はサポーターの支持を背景に一歩も引いておらず、ESL参加側は1時間粘るごとにサポの喪失や懲罰制度実施などの回復不能のダメージが蓄積するような情勢であり、48時間で早々に全面降伏したわけである。

ビッグクラブがリーグ脱退を断行した場合に先に干からびるのはビッグクラブの側である以上、近年のCL制度変更論争でされていた「俺たちビッグクラブ抜きでリーグは経営できない」という脅しも、今後はもう通用しないということである。ビッグクラブのほうが「不満なら出て行けば?」と言われる立場となったのである。

ビッグクラブは代表戦への圧力もかけられなくなった

力関係の逆転については、代表戦についても言える。この20年、クラブ側の圧力により代表戦の日程は削減されつづけ、例えば20年前は年20試合程度のAマッチを行っていたものが、今はAマッチデーは年10試合まで減っている

しかし、クラブ側が代表戦とワールドカップを完全になくせるかと思っているかといえばそうではない。今回の騒動でFIFAとUEFAはスーパーリーグ参加選手の代表戦からの追放を公言したが、ビッグクラブ側はその処分を無効とすべく裁判所に嘆願書を出していた(嘆願書なので訴えるわけではないらしい)。クラブが過去の言い分の通り本当に代表戦がいらないと思っているなら、代表戦からの締め出しは願ったり叶ったりで、そんな嘆願書は出す必要がなかったであろう。それは嘘だったということだ。

クラブ側は「給料を払っているのは我々だ」「代表がクラブに対してコストを負担しないのはおかしい」と主張してきた。一方で代表がクラブにファンを連れてくるプロモーション効果の恩恵は否定できないところであり、Jリーグなどでは代表選出はむしろ喜ばれる。ビッグクラブは代表よりも自分たちのほうが集客能力があると言い続けてきたが、乾坤一擲のESL構想発表の場で、代表の集客力を否定できず認める結果となったのである。

クラブとしては目先の今季成績を見れば代表戦などないほうがいいだろうが、代表戦なくばファンベースの拡大というサッカー界の「公益」の恩恵も受けられないわけで、いわば「税金を払いたくないが公共事業の恩恵は受けたい」と金持ちが言っているようなものであったわけだ。


「開かれた競争」を担保するリーグの価値評価を誤っていた点でも、代表の価値を土壇場で認めざるを得なかった点でも、ビッグクラブの視座に立っている人々は公益の考え方がなかったのだと言える。さんざん道路を使っているのに「道路工事をしている奴は自分で稼いでいない、こいつらが金を貰っているのはおかしい」とイキっていたようなものだ。そして満を持して道路工事に金を払わないシステムを発表したところ総スカンを食い、道路から出ていけと言われて初めて現実と直面したような状況である。

これは単なる例えではない。スーパーリーグ案に対する抵抗として、各地の政府自治体がクラブの「公益性」を評価して与えていた制度上の優遇や自治体保有スタジアム優遇貸出の撤回を示唆し、特に英国では首相が打ち出した優遇撤回案がクラブ経営を破綻させかねないものであったため、こりゃかなわんと早々の撤退となったわけだが、ESL推進派はこういった抵抗を想像できなかったようで、「スタジアムを自治体から借りている」というレベルの公益の恩恵さえ忘れ去っていたということなのであろう。


CL/ELの収益はほぼ賞金になっている

ESL推進派の主張の中に、「UEFAはCLの収益を中抜きしている」というものがあった。しかしUEFAは非営利の法人であるため、収支も公表しているし、基本的に利益は出さないのでCLの収益も賞金として分配されている。

2019/20シーズンの報告書では、トータル€3250mの収入に対し、運営経費€295m、連帯支出金€228m、協会取分€177mを引いた残りからCL賞金€2550m、EL賞金€510mが出されており、収入の8割、収益の9割が賞金として分配されている。

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というわけで、そもそも「UEFAが中抜きしているのでクラブが投資に見合ったリターンを得ていない」という論は説得力がない。ビッグクラブが取り分を増やすとすれば、非ビッグクラブの順位賞金をビッグクラブに流す程度しかやることはない。

ビッグクラブが経営危機に陥る真の原因(仮説)

ペレスは会見の中で「ビッグクラブが赤字で小さなクラブが稼いでいることは公平ではない」と発言した。これについては、ビッグクラブは収入は十分あるはずで、単に使いすぎて経営危機になっているだけである。ただ、ビッグクラブほど巨額の借金を抱え経営危機になりやすい傾向はある。

ここで、筆者はビッグクラブほど経営危機に陥りやすい真の原因について仮説を提示する。それはCLの順位賞金が大きすぎるということだ。ビッグクラブたちは自分たちの取り分を増やせと常日頃から要求し、UEFAも譲歩して賞金を多く積むようになった。しかしその結果として、クラブ収入に占める賞金の比率が高まりすぎた。

リーグ成績は水物であり、年によっては往時のレスターのように資金力が大きいとは言えないダークホースが優勝することもある。筆者が以前調べた範囲では、資金力の差が2倍程度では2~3割程度の割合で成績順位が逆転した(3倍離れるとこの割合は相当小さくなる)。ビッグクラブでも5~6位で終わるということは珍しいことではない。順位が変動するということそれ自体は、「開かれた競争」の中では歓迎すべきことである。

一方、経営の安定性という意味では問題がある。現在のCLの制度ではトップ4のリーグは4位までCLグループステージに直行でき、それだけで30億円程度は保証され、さらに勝ち点1ごとに1億円程度のボーナスが付く。逆に言えば4位以内に入れなければ財政的に大きな打撃を蒙る。優勝を争うことが期待されているビッグクラブは攻撃的投資をしがちだが、それをまかなうためにCL賞金を当て込み、CL圏から陥落することを恐れてさらにリスキーな投資をしがちになる。巨額の賞金自体が過剰投資をさせる呼び水として機能しているのである。

ビッグクラブは経営を安定させるために視聴料の還元を増やすよう求め、その結果CL圏到達の可否で収入が劇的に変わるようになり、目論見に反して不安定性を増す結果となっている、というのが私の見立てである。今回ESL構想で発起人クラブを降格しない仕様にしていたのも、結局CL出場権の有無で経営が左右されすぎることを嫌ったためであるので、このことはビッグクラブ自身も分かっていることである。

過剰投資問題に対しては様々な対策がされている。例えばフィナンシャルフェアプレー(FFP)がそうだが、正直に言えばFFPは破滅的投資の歯止めとしての機能性は低い。なぜならCL賞金が高すぎるため、「選手を補強しないまま5位以下ならFFPに抵触するが、賞金をゲットできれば回避できる」といったような状況が生じ、結局破滅への誘因を十分減らせていないからである。

未導入ながら提案されている方法としてサラリーキャップがあるが、これは無制限の投資競争を防ぐ結果として飛びぬけた上位を作らず順位の流動性を高めビッグクラブがその成績を維持しにくくする効果もあるため、ビッグクラブが乗り気になるかは怪しい。

やるとすれば、放映権料の配分のうち視聴者数・ファン数依存分(UEFAの区分のTV deal)を増やして賞金を減らすとか、あるいはCLの10%程しかないELやカンファレンスリーグの分配金(特にTV deal)の傾斜を増やすなどして、順位依存の変動を減らしていくのは多少なりとも効果があるのではないかと思う。

ただ、どのような対策を打とうとも、「開かれた競争」である限りは順位変動はつきものであり、順位によってファンの獲得数(ファンからの収入)が変動するのも事実であろう。それは最低限受け入れなければならない。永遠にチャンピオンであることを保障する収入格差固定の仕組みを作れという子供じみた発想が受け入れられないのは、今回のESL騒動でもはっきりしていることだろう。


アマチュアとの軋轢

今回ESL側は「レベルの低いチームとの試合はしたくない」という主張をしていた。この点については、ある程度UEFAの政治と絡めて語ることができる。

まずもって、FIFAもUEFAもAFC、アマチュアを含めたサッカー界全体の統括団体である。よって彼らはアマチュアや辺境・弱小協会の代言者である。UEFAの施策のうちビッグクラブ側が不満に思っているものの多くは、辺境・弱小協会やアマチュアの意見を反映したものである。

例えばビッグクラブが不満がるネイションズリーグは、ノルウェー協会の提案によるもので、代表が国内最強・最大人気のサッカーチームであるような弱小国が、Aマッチデー削減の不満からそれの埋め合わせを求めたものである。2021/2022シーズンから導入されるカンファレンスリーグについても、ビッグクラブがまさにESL構想で要求したような「4大リーグへの枠優遇」を実施した結果として辺境リーグが出場できる国際大会がなくなったため、その代替となる国際大会がそれらの国から求められたために新設されたものである。ESL構想に至る「UEFAとビッグクラブの対立」というものがあるとすれば、基本的にそれは辺境・弱小リーグや下部リーグ(アマチュア含む)との対立であるといってよいだろう。

また、後に述べるが、アマチュアはプロの競争相手というよりは、むしろ顧客のコア層を占めるといってよい。アマチュアの少なからずはプロの試合を金を払って見ている。スモールクラブもまたしかりで、英語圏のサッカーの話題を漁っていると、米国や豪州では地元のMLSやAリーグのサポ活動を主としつつサブでプレミアのビッグクラブを見ているような人がいる。ビッグクラブの視聴者の一定割合はそのような「メインは地元、サブでメガクラブ」といったサポーターである。そういったアマチュアやスモールクラブのサポーターに向かってESL構想をもって「お前らは邪魔だ」と面罵したのは、巡り巡って自分たちの顧客に向かって面罵したことになるわけで、立つ瀬がなくなるのは当たり前のことなのだ。


ゲーム配信との比較

今回の騒動の"首謀者"であるペレスは、若年層のサッカー視聴率が落ちていることをゲーム配信(ストリーマー)が伸びていることと比較し短時間化を目指すべきとしていた。ゲーム配信やe-Sportsの分野は確かにコロナ下で伸びているが、ペレスの言うようにサッカーも短時間化すれば観客が増えるかというと、個人的にはやや疑問で、それより大きな要素が2つある。

一つはアマチュアプレーヤーの拡大のほうが先ということである。現在e-sports界で最大の賞金を出しているのはDota 2というゲームで、1大会20億円にも上る賞金が出される。この賞金の原資がどう確保されているかというと、観戦チケットと大会限定有料アイテムの抱き合わせ販売を行い、その25%を賞金としている。つまり有料観戦しているのはアマチュアプレーヤーたちなのである。日本ではいまだ格闘ゲームでプロプレーヤーが多いが、格闘ゲームの大会では参加料が賞金の原資となることが多く、これもアマチュアプレーヤーがプロプレーヤーを支えている格好である。

サッカーにしても同じことで、コアとなる長期の顧客の一定層はアマチュアプレーヤーである。プレーヤーであるからこそ何がスーパープレーか理解するリテラシーがあるのだ。ゆえに、アマチュアから続く階層構造を破壊するESLが激しく忌み嫌われたわけである。こういったアマチュアプレーヤーはペレスのいう「レガシーファン」に該当するわけだが、ペレスはこの比率を見誤っていたのだと思う(これは冒頭ツイートに書いたとおりである)。

なお、ESLはアメリカ型のプロスポーツを目指していると言われていたが、アメリカの場合はアマチュアプレーヤー涵養の場として独自の大会を持っている——アメフト、バスケ、野球のいずれも大学の大会が人気で、これらは事実上アマチュアとセミプロの混合となっている。日本のプロ野球では高校野球や都市対抗野球がそれに相当する存在である。ESLが欧州で根付くとすれば、ESLはトップリーグだけでなく土台としてこういった独自の価値を持つアマチュア・セミプロの大会も整備しなければならない。


もう一つは、ゲームの配信(streamer)は視聴だけなら無料であり、広告や投げ銭によって稼ぐモデルであるという点である。これは他の方も指摘していることだが、今のように視聴率が高騰する以前は、リーグもCLもダイジェストは必ず地上波があり、いくつかの試合はフルで地上波で見ることができた。一方今は、有料放送に入るのは当然で、PPVであることもある。その有料放送も複数チャネルにまたがっており、例えばプレミアリーグを英国内で視聴する場合、skyとBBCを両方契約すると月1万円に近くなることもある。さらに放映権料が高すぎて応札者がいなかったのか、国内で生中継されているのは全試合の半分だけという始末である。

また、ロンドンは家賃高騰で若者に住める街で無くなっており、学生がボートで生活したり入居条件としてセックスを要求され致し方なく飲むものがいるほどである。こんな状況でサッカーに月1万円を追加で払うことはできないだろう。無料のゲーム実況に負けるのは当たり前のことだ。

学生は金がないが、将来の顧客として囲い込むために学生優遇(アカデミック割引)を行うことは、どこの業界でも当たり前にやっていることである。若者にサッカーを見てもらいたいと望むならば、まずすべきは学生に割引価格で見せることであって、短時間化程度では大した効果はないだろうと思われる。もっとも、ペレスをはじめとするESL推進派は視聴者から1セントでも多くの金を搾り取ることを目標としている(ため稼ぐ力を強調している)ので、このような「損して得取れ」という類の発想にたどり着くのは無理かもしれない。

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