見出し画像

Jリーグと欧州の「ステップアップ」の勘所

欧州夏の移籍市場になり移籍話が騒がしいが、こと日本人の話となると「ステップアップに期待」といった話題がよく聞かれる。このことについて、中堅リーグのCL出場権持ちクラブから五大リーグの中堅クラブに移籍する場合は「ステップアップ」と呼べるのか?等々といった話題もよく聞かれるところである。

そこで今回は、footystats.orgなるサイトに載っているクラブ別平均年俸の数字を使って、年俸レベルでの「ステップアップ」関係を見ていく(リンクはページ最下部)。なお、このサイトの数字自体の信憑性は不明である。また、中堅リーグや2部では選手ごとにデータがカバーしきれていない欠損値があり、今回は15名以上掲載のクラブのみ統計に加えている。為替がいつものものかは不明である。


リーグ別年俸概観

まず普通にリーグ別にクラブ平均年俸をプロットしたものを見てみると、中堅リーグとプレミアリーグ(英1)の間で10倍ほどの年俸の違いがある。また、いわゆるビッググラブ・メガクラブが各リーグ内で外れ値として存在しており、例えばリーグアン(仏1)のPSGはあまりにも外れすぎていて言われないと見落とすだろう。またJリーグにも外れ値があるが、これはイニエスタがいたころの神戸である。

各リーグの平均年俸の分布。箱ひげ図の上に各クラブの生の値をプロットしている。

線形軸では中堅リーグ同士の比較がしにくいため、縦軸を対数軸にしたものも再プロットする。Jリーグと"同格"のリーグの比較はこれが良いだろう。これらのデータをもとに、どこからどこに移籍するとステップアップになるかを見ていこう。

上のグラフを縦軸対数ににして再プロットしたもの


メガクラブ・ビッグクラブ

中東を除いて世界最高峰の資金力を持つクラブで、いずれもJリーグの10倍の賃金水準を超える。どこからどこまでと言われると切り方が難しいが、常に買い手にあるといことであれば、プレミアのビッグ6、リーガのレアルとバルサ、ブンデスのバイエルン、イタリアのユーヴェ、フランスのPSGあたりになろうか。このあたりはどのように移籍してもステップアップと言っていいだろう。

CLの常連であればビッグクラブと呼んでいいだろうが、今の環境下ではそれらのクラブでも上記の特に大きいクラブに対しては売り手として振る舞うことがある。

ボスマン判決以降の若手偏重の時代、そういったクラブにステップアップするルートは以下が主である:

  1. 22歳以下で4大リーグ同ポジション10傑に入る、ないし中堅リーグでベストイレブン級の活躍をする。数十億円の移籍金は堅い。

  2. 20代中盤で4大リーグ同ポジション10傑に入り、フリー移籍でバックアップメンバーとして入る

  3. (ほぼ同格クラブからの横滑り)

1のルートは現在のメガクラブ行きの主流ルートであり、日本人では冨安がそれに該当する。「中堅リーグ」はCL直行枠を持つポルトガル、オランダ、ベルギー(、ロシア)あたりになることが多いが、ブラジルやアルゼンチンも同格の扱いを受けている。今のスカウト環境であれば、Jリーグでも22歳以下で得点王なりベストイレブン級の活躍をすればメガクラブ直行ルートも決して夢ではないが(当時24歳の三笘はブライトン直行だった)、Jリーグがメガクラブ向けの若手発掘特化商売をしていないので偶然頼みになるのが難である。

2のルートはときたまあるが、日本人では最近鎌田がその資格を持っており、バルサやアトレティコとの噂がスペイン紙で報じられていた

この2(3)つのルート以外でのメガクラブへのステップアップはめったになく、リーグ内で最強の一角と見なされている三笘や伊東ですらフリーにならなければステップアップの見込みは薄い。30歳で移籍金が付いた遠藤は異例中の異例である

プレミアリーグ

資金力の面でプレミアリーグは4大リーグでも別格であり、Jリーグの10倍の賃金水準を誇り、残留争いをするクラブですらJの2倍水準の資金力を誇る。たの4大リーグでELを争うクラブからプレミアの中位に移籍しても年俸的には「横滑り」ないし「ステップアップ」になることもあるという、破格の資金力を誇る。たとえリーグ内では中堅クラスだとしてもキャリアの終着点として目標となるようなクラスである。

4大リーグ

ボスマン判決以降、UEFAランキング上位4位まではほぼ英西独伊で変わることはなく、不動の4大リーグとなっている。プレミア以外では、残留争いをするクラブでJ上位と同等の資金力、中堅クラブであればJの2~3倍程度の年俸を支払っている。

メガクラブ、ビッグクラブに限らずこれらのリーグに移籍するには23歳以下で中堅リーグトップ級の活躍をしている必要がある。4大リーグにJリーグからの直接移籍を目指すのであれば、23歳以下でJリーグのベストイレブン級に到達し、日本代表の末席に名を連ねているか、U代表の世界大会で目立った活躍をしなければ可能性は極めて低いかつてのブンデス直行世代は、ゼロ円移籍解禁前後でこの条件を満たしていた選手ばかりだった、ということは覚えておくべきだろう。

ただしメガクラブ以外であれば、2部に入って昇格という形で「ステップアップ」し、横滑りで居続けるルートもある。

リーグアン

リーグアンはUEFAランキングで4位以内に入ることはめったにないが、しばしば6位に落ち、いわゆる「4大リーグ」に比べるとやや落ちる。とはいえ中堅リーグとは一線を画す資金力があり、メガクラブと言える別格の資金力を持つPSGを除けばCL出場クラブも頻繁に入れ替わるように、中上位は全般にオランダやポルトガルの3強と同程度の資金力があり、一般的には「5大リーグ」にカウントされる。

下位はJ並みだが、中上位はJの2~4倍程度の賃金水準であり、ポルトガルやオランダの3強など中堅国のビッグクラブを除けば、下のリーグからの移籍は概ね「ステップアップ」としてみなすことができる。中堅上位からであれば「横滑り」ともみなせるか。

4大リーグの2部

4大リーグの2部のうち、イングランド2部(チャンピオンシップ)はやや特殊である。このリーグは2部でありながら他の4大リーグ中下位程度の資金力があり、ベルギーや、ポルトガル・オランダの3強以外からであれば1部→2部への移籍なのに年俸が上がる「ステップアップ」になる。Jリーグに比べても2倍程度の年俸水準であり、Brexit後のビザルール変更で直通ルートが開ければ市場が大きく変わるだろうと見ている。

イタリア、ドイツ、スペインの2部はJリーグと同程度の年俸水準であり、これらのリーグにJリーグから、ないしベルギーやオランダの中下位から移籍した場合は「横滑り」と見なすことができる。ただ他国の平均的選手に外国人枠を使ったりはしないので、基本的にはJで目立つ選手が助っ人枠で移籍することが多く、外国人だけ抜き出せば年俸はちょっと高めになるだろう。

強豪固定の中堅リーグ

ポルトガル(葡)、オランダ(蘭)、スコットランドの1部リーグ全体の平均年俸は日本より低い。しかし、
葡:ベンフィカポルトスポルティング
蘭:アヤックスPSVフェイエノールト
ス:セルティックレンジャーズ
などのほとんど順位が固定した強豪に関してはJリーグ平均の2~4倍の平均賃金となっており、プレミア以外ならCL~ELを争うクラブと同程度である。このあたりのクラブに入った場合、23歳未満ならメガクラブに引き抜かれる可能性があるが、25歳以上で加入の場合はキャリアの終着点で、5大リーグでは買いとれるほど金のあるクラブはほとんどない。

また各リーグの4番手あたり、ブラガAZハーツなどはJリーグの平均とほぼ同じと言ったところである。これらのリーグの下半分はJ2レベルの賃金水準なので、賃金を基準とする限りJ1からは「ステップダウン」になるだろう。

中堅のリーグ内ビッグクラブは4大リーグのEL争い相当なのでステップアップの幅が大きく行ける選手が限られ、中下位は提示できる年俸がJと同程度かそれ以下なので選択肢になりにくい、ということで行く選手はあまり多くない。

ベルギーリーグ

ベルギー(白)1部は、中堅リーグにしては珍しく特定の強豪に支配されている度合いが低い。最近でもシェフィールド傘下のベールスホットやブライトン傘下のユニオンSGが急激に強豪化する現象が見られている。

このためか、Jリーグと同等以上の賃金水準のクラブが多く、上位ならJより一回り上、中位はJと同程度で、英以外の2部とも同程度である。降格圏でやっとJ2と同程度といったところで、中下位は他の中堅リーグより資金がある。

日本からの移籍では中堅リーグでもベルギーが多いのは、シンプルにJと同程度~2倍の年俸を提示できるクラブが多いからであろう。上位と下位の乖離が激しい他の中堅リーグと異なり、ベルギーからするとJで目立つ選手はちょうどいい即戦力の補強候補であり、Jの選手からするとステップが大きすぎないちょうどいい塩梅の「ステップアップ」先なので、取引が成立しやすいのだろう。

若手偏重のボスマン判決の環境下にあって

欧州サッカー界はボスマン判決の影響もあって若手偏重の度合いが大きく、22歳時点での実績でほぼ選手生涯全体で行ける「格」が決まるに近い状態にある。大卒選手の三笘・守田・伊東、コンバート後に開花した遅咲きの遠藤など、リーグ内でもポジション別8傑・4傑に選ばれる=CL級の実力を有しているとみなされていてもビッグクラブへの道は閉じていて、ステップアップしてもEL争いのクラブがキャリアの終着点になることが多い。

ビッグクラブに行ける選手となると、冨安のように20歳そこそこで代表レギュラーになるとか、久保のように高校生のうちにJ内でも目立った活躍をするとか、そのくらい若手のうちに伸びる必要がある。遅咲き選手の場合は鎌田ルートのように自力で所属クラブをCL圏に押し上げるのが現実的な目標になるのではないかと思う。

今のところ多くのJリーガーにとって現実的な年俸最大化ルートは、ベルギー経由でイングランド二部に渡りそこから昇格を目指すあたりではないかと思う。

ただ、若手偏重があまりにも行き過ぎて若手が「お買い得」と言えず、むしろ遅咲き選手が一番のお買い得になってきている、とも感じるところがある。三笘・伊東・遠藤あたりがもっと活躍すると、あるいはチェルシーがあと2年くらい沈没してくれると、すこし相場が変わるのでいないか、とも思っている。

奥付

元データリンク先一覧
プレミアリーガセリエブンデスリーグアン
英2部伊2部独2部西2部
ベルギーオランダポルトガルスコットランド
J1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?