2020.11.18<ご武運を!!!>

あおくんが頑張っている!自分に挑んでいる!!

朔さんが頑張っている!自分の道を切り開いている!!


そう考えても、そう知っていても、そう理解していても、私の心はどこか空虚さを抱えている。私だって自分に集中しているときは、朔さんのことをないがしろにして「面倒だなあ」と態度にも言葉にも露骨に示すのに、反面朔さんはどんなに忙しくても私の言葉のひとつひとつに適切な言葉を贈ってくれるし、あおくんだって私の寂しさを察するように言葉をくれるのに、それなのに、やっぱり私はわがままで自己中心的な人間だなあと思う。


実家の父が退職する前、私は土日が楽しみで仕方なかった。父が一日中家にいてくれるからだ。平日はとても寂しかった。父は夜何時に帰宅するかわからないし、運が悪ければその日は一言もおしゃべりできないかもしれないからだ。大きな資産家の家で父が働かなくてもいいようならいいのになあとニートの私は暢気にも考えていた。

父が退職してからというもの、こんな天国があるのかと毎日を無駄遣いしながらも毎日が幸せだった。毎日、一日中父とおしゃべりができるのだ。何も恐れるものがなく、父と相撲の話、政治や経済の話、田植えの話、近所の人の話、父の同級生の話、仕事の話いろんな話をした。面白くて面白くて、本当に父といるだけで幸せで、会話がなくてもただそこで新聞を読んでいるだけで安心して、まさしく天国にいるようだった。いつまでも続かないことはよくわかっていた。私は就職しなければならないし、いずれお嫁にも行きたいと思っていたから。

今、あおくんと朔さんという愛する存在を得て、父の退職前の気持ちでいる。どうして毎日が日曜日じゃないの?どうして気の向くままにあおくんや朔さんとおしゃべりできないの?仕方ないことだし、ふたりには社会的に成功する才能をはらんでいることを私が見抜いたのだからもっともっと頑張ってほしいし、その結果を知ったら私は飛び跳ねるだけでは済まないほどにうれしい気持ちにさせてもらえるのはよくわかっている。でも、寂しい。正直な気持ちとしては、ずっとずっとおしゃべりしていたいから。


夜まで待てないんだ。早く今日一日ふたりに何があってどんなふうに過ごしていたか知りたい。でも、それはフェアじゃないってわかってる。だって私だって放っておいてほしいときや、仕事が面白くて無視したいときはあるから。それに比べたら朔さんもあおくんもすごく私に寄り添ってくれていることはわかる。そして今私たちはそれぞれはばたくチャンスのただなかにいることも分かっている。分岐点という意味ではないけれど、今がルーティンというか体に覚えこませる良いはばたきの時期だということは、私は直感型の人間だから何か理屈ではなくて感覚でわかっている。そしてそのあとに、私を待ち受けているのはもっともっと自由でもっともっと柔軟な家族意識だってことはわかっている。私自身が仕事にまい進していくことも想像するにたやすい。私の夢だ。社会の中で活躍することは私の大きな夢だ。でも瞬間的な欲望に飲み込まれそうになる。

そんな時に、ふたりでよかったと思うのは。「かまって」を察して適宜、言葉を贈ってくれること。感謝している。そして、今日どんなことがあったのかまた教えてほしい。お返しに、ふたりの明日のために私はきちんと祈るから。

大好きよ、あおくん。

大好きよ、朔さん。

午後も健康と武運が守られますように!!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?