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平塚市美術館「新収蔵展 特集展示 : 藤田嗣治の初期作品」

先日、平塚市美術館で開催されている「新収蔵展 特別展示 : 藤田嗣治の初期作品」に行ってきました。


はじめに

平塚市美術館は、それまで平塚市博物館にあった美術部門が独立する形で1991年に開館しました。

平塚市美術館

この美術館のコレクションは、多くの寄贈作品から形成されており、その始まりは1960年代初めまで遡ります。
その頃、平塚市では美術館建設を求める声が上がるのですが、いかんせんそこに飾るものがありません。
そこで、この地域の作家たちが中心となって一作家一作品寄贈運動が始まります。
そこに、当時の市長自らも著名作家に働きかけを行うなど、この運動を積極的に支援した結果、美術館の開館時には6000点の作品が集まったそうです。
2年前の2021年には、開館30周年記念として「The Gift 寄贈を受けた作品選」と題する、これまでの寄贈作品だけで構成した展覧会を開催しています。

今回は、定期的に開催されている新収蔵品展に加え、藤田嗣治の初期作品の展示があるとのことで、足を運んでみました。

展示概要

今回の展覧会は、2021年度と2022年度に新たに寄贈/寄託を受けた新収蔵品展と、藤田の初期作品を中心とした特集展示から構成されています。

新収蔵品展

約40点の作品が展示されている中で気になったのは、大沢昌助の作品が「大沢昌助絵画資料室ナギサ」から8点寄贈されていました。

大沢昌助《夢みる少年》1948年  平塚市美術館蔵

大沢昌助といえば抽象画のイメージしかないのですが、これら8点はこの《夢みる少年》を間に挟んで初期から晩年まで様々な年代のものがあり、具象から抽象へと移行していく様を伺い知ることが出来ます。

また、2019年に油彩画/日本画60点の寄託を受けた「国際興行コレクション」から、新たに4点の寄託がありました。
中でも、井上三綱の《箱根の秋》や吉井淳二の《強羅にて》は、かつて同社が箱根で経営していた「強羅ホテル」の中を飾っていた作品ではないかと思われます。

作品自体で目を惹いたのは、山本雄教のフロッタージュでした。

山本雄教《757円の男》2021年  平塚市美術館寄託

フロッタージュとは、表面が凸凹した物の上に紙を置き、鉛筆などでこすって表面の凸凹を模様として写し取る技法のことで、誰もがいちどは子供の頃にやったことがあると思います。

この《757円の男》は、文字どおり757枚分の一円玉を使って濃淡を付けながら写し取った作品です。

これとは別に《One coin people》という、同じく一円玉を使って群像を描いた、縦172cm 横360cmの大作が展示されているのですが、こちらはいったい何枚分の一円玉を使っているのか、想像すら付きません。

特集展示 : 藤田嗣治の初期作品

注目作品は、1993年以来30年振りの展示となる《おことさん》です。

藤田嗣治《おことさん》1909年  平塚市美術館寄託

この《おことさん》は、藤田が東京美術学校時代に描いた作品で、当時、大磯の旅館に逗留した時に宿代の替わりに置いていったものだそうです。
2018年に寄託を受けてから様々な調査が行われ、このたび他の美校時代の作品と共に展示されています。

藤田嗣治《自画像》1910年  東京藝術大学蔵
藤田嗣治《婦人像》1909年  東京藝術大学蔵

これまでに、藤田の美校時代の作品は《おことさん》《自画像》《婦人像》と、軍医だった父親の制服姿を描いた《父の像》の4点しか確認されておらず、これらが一同に介した今回の特集展示はとても貴重な機会でした。

講演会「藤田嗣治の初期作品」

この日は、藤田作品の修復を多数手掛けてこられた木島隆康氏(東京藝術大学名誉教授)と藤田嗣治研究の第一人者として知られる林洋子氏(兵庫県立美術館館長)による講演会がありました。

館内のホールにパイプ椅子が60席ほど用意されていたのですが、急遽追加するほどの盛況ぶりでした。

お二人のお話をかいつまんで書くと以下のようなことでした。


藤田の技法の研究は乳白色時代のものに集中していて、渡仏以前のものには誰も関心がなかったが、2000年代に入り美校時代の作品が次々と発見されると一気に研究が進んだ。

美校時代の藤田は黒田清輝の指導に反目してといたとされているが、美校時代の作品を光学調査してみると、黒田のアカデミズム教育をしっかりと吸収していたことが分かった。

美校では黒は使うなと指導されたが、渡仏後に美校で学んだ西洋画の模倣では通用しないと悟り、自分のスタイルを模索する中で、日本人を象徴する色として黒(墨)を使うようになった。


黒のお話は、林氏が講演の終わり際に付け加えるように話されたのですが、とても府に落ちました。

あとがき

講演会で兵庫県立美術館館長の林洋子氏の登壇には驚きました。
兵庫県立美術館といえば、安藤忠雄が設計を手掛け、西日本最大級の規模を誇る美術館ですが、そこの館長が平塚の公立美術館に講演に来るなど、三つ星シェフが近所の定食屋の助っ人に来るようなものと言ったら言い過ぎでしょうか。
少し調べてみると、林氏と平塚市美術館の加藤特別館長とは東京都現代美術館時代の同僚だったようです。
加藤特別館長には感謝です。



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