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「ぐにゃぐにゃの日から」


大橋ちよさんの企画「[ネコミミ村まつり] サブ会場:あなたの物語に曲つけます 7月7日~15日」への参加ショートショートです。

#ネコミミ曲つけたい


「ぐにゃぐにゃの日から」

 七月のある朝、世界はぐにゃぐにゃになっていました。地球はいびつなコンペイトウになり、有名な北海道の“天に続く道”はサーキット場のように、乱立する高層ビルはもう切って捨てるしかないような状態に絡まり、スカイツリーはイソギンチャクのようでした。
 もちろん、生き物もぐにゃぐにゃです。走り回っていた犬たちも足がバネのようにぐにゃんぐにゃんなので、跳ねるように壁にぶつかったりしています。もともとぐにゃぐにゃな蛇やタコでさえ、さらにぐにゃんぐにゃんに絡まっていました。

 人も例外ではありません。その日、目が覚めた私は目覚まし時計を止めようとして異変に気付きました。振り上げた腕がムチのようにしなって目覚まし時計を弾き飛ばしたのです。その時すでにあちらこちらで叫び声が上がったりしており、世界はパニックに包まれていました。
「…何かよくわかんないけど、とにかく学校に行かないと!」
パニックに乗り遅れた私は、どこか冷静な頭で出欠の事だけ考えていました。いま大事なのは出席して単位を確保すること。それが正しいはずなのです。

 しかし大学には友達のハル一人しか来ていませんでした。先生は誰も来ておらず、全ての授業が休講です。
「ヤッバい事になっちゃってるねぇ~。見てみ、コレ。もう、重さで垂れさがっちゃってこの猫背。ちゅーか、全身ネコよ、ネコ。」
 ハルは身体をくねくねさせながらお道化ていますが、見てる私も同じ状態…というか人類みんな同じ状態です。
「これさ、ネコミミ付けたら完全ネコ人間だよね。ネコが液体ならネコ人間も液体。現時点ですでに液体よ…ホラ。」
 ハルが身体を丸めながら引き出しに入り込んでいきました。
「…あ、ヤバ…手が下に挟まっちゃった。出れない。助けて!」
 ハルを助け出すのに三十分くらいかかりました。彼女はぐにゃぐにゃなうえにグッタリして、もう“ぐにゅありんぐにゅありん”って感じで帰っていきました。

 さて、それから三日後のことです。
 人類にネコミミが生えました。めでたくネコ人間が誕生してしまったのです。
「いやいや、ネコミミだけじゃまだネコ人間って言うには早いでしょ。シッポも無いと!」
 ネコミミ付いたら完全ネコ人間って言ったのはハルの方なんだけどね、と思いましたが「まあそうだよね、まだ“人間”だね。割合的に」と返しておきました。
 しかし更に三日後、今度は人類にネコのシッポが生えてしまったのです。

「完全ネコ人間の誕生じゃーっ!」
 ハルが叫びました。学校には相変わらず私たちしかいなかったので苦情はありませんが、とんでもない大声だったので私はたまらず耳を押さえました。ネコのほうの“耳”を。
「ちょっと、ハル!声大きすぎ!それはネコミミをかじるようなものよ!引き千切られるかと思った!頭全体痛いわ!」
「すまんすまん、つい、ね。叫ばなきゃいけない謎の力を感じて。」
 彼女は悪びれる様子もなく、ニヤリと笑います。
「でもさ、変な表現したね? “それはネコミミをかじるようなものよ!”って?」
「私もなんだか、言わなきゃいけない謎の力を感じて。」
「フヒヒ…。それにしてもさぁー、まだ一週間だよ? この世界になってから。それなのに、人間って対応力速いよなーって。もう全然ふつうに生活してんじゃん。なら、ネコ人間も悪くないなーってね。無意味に楽しいし。」
 …そうなのです。ハルの言う通り、すでに世界は通常運行を始めているのです。ぐにゃぐにゃの線路をぐにゃぐにゃの電車が走り、ぐにゃぐにゃの信号を確認しながらぐにゃぐにゃの車がぐにゃぐにゃの道路を走る。テレビも電話も、全部ぐにゃぐにゃになりながら今まで通り使えるのです。変わった点といえば、人類が好き勝手に行動するようになった事でしょうか。今日、学校に私たちしかいないのも、たぶん学校に来ることよりも楽しい事を、それぞれがやっているんだと思います。考え方も、まっすぐではなく“ぐにゃぐにゃ”になったのかもしれません。結構な数の会社が誰も出社しなくなって倒産しそうという話はありましたが、何だかんだで世界は平穏にまわっていたのでした。

 そして、すっかりネコ人間としての生活に馴染んでいた、一ヶ月ほど経ったある日のことです。
「事件事件!ニュース見た?」
 ハルから電話がありました。言われるまでもなく、いま、このニュースを知らない人はいません。
「“水”に襲われたって!スライムよ、スライム!」

 その事件は、最初は田舎の小学校で起こったそうです。あまりの暑さに「夏休みなんだしさー、プール入ろうぜ、プール~!」と集まった小学生たちが水に襲われて溺れたというのです。“水に襲われた”? 何言ってんだ、勝手に学校のプール使って溺れたから言い訳でそう言ってんだろう? 最初はみんな、そう思いました。
 しかしその日を境に、ある程度の水量のある場所で溺れる人が急増し、目撃者たちは皆「水が急に手を突き上げるみたいに持ち上がって、泳いでた人を叩きつけて溺れさせたんだ!」と証言したのです。その様子から、この事件は“スライム事件”として一斉に報道され、「きわめて危険ですので、絶対に水量の多い所に近付かないでください!」という各国首脳による会見の映像とともに、緊急ニュースとして全世界に警告されたのでした。

 しかし、人間の愚かさでしょうか? それともネコ人間の好奇心ゆえでしょうか? “好奇心は猫をも殺す”という言葉通り、怖いもの見たさで水辺に行く人が急増し、その被害者は日に日に増えていきました。
 そして世界の人口が半分以下になった頃、ようやくネコ人間たちの中に「水は怖い!」という認識が刷り込まれていったのです。ほんの少しの水溜まりでさえ、ネコ人間たちは近付くのを嫌って避けていくようになりました。

 ところで、今日、最近ご無沙汰だったハルから電話がかかってきました。
「やあ、お元気? おっひさ~! 最近寒かったからさー、ずっとコタツで丸くなってたわよ。コタツは罪作りね。そんでさー、久しぶりだしお茶でもしようかーって思ってたんだけど、なんか私、コタツで生活してる間に妙に毛深くなっちゃってさー。なんていうの? 本当にネコ化してるみたいな?」
 私は話を聞きながら何度も頷きました。だって、私も同じだったから。寒さにすごく弱くなってベッドでずっと丸まってたし、全身に長い毛も生えてきてたんだ。どうやらこれは、私たちだけじゃなくて世界中の人に現れた変化だったみたいで、少し前からネットでも噂されてる事でした。人類ネコ化。数十年、それとも数百年先? 人類は滅んで…いや、進化?して…ネコになっていくのだろうと囁かれています。冗談みたいに言われてるけど、私には笑えない噂だったんだよね。だって、私自身がネコに近付いてってるなーって実感しちゃってるから。
 でも、今日のハルからの電話で、ちょっと安心したんだ。きっと彼女と一緒ならネコになっても楽しく生きていけるだろうから。

 ・~・~・~・~・~・

 その頃。電話を終えたハルは、切ったばかりのスマホを見つめながら少し考えていました。
「今日のナッちゃん、なんか変だったな。なんだろ…、なんか違和感が…」
 別に、特別なにがおかしいって感じたわけじゃない。いつも通りの、真面目で、控えめで、優しそうな話声だった。けど、なんか…。
「あ、そうか!」
 ネコ語。語尾が「にゃ」になってた気がする。自然過ぎて気が付かなかったけど、そういえば「にゃ」って言ってたと思う!
「なんだろ。ナッちゃん的ネコ語ブーム到来かにゃ?」
 …ん? なんだ? 私も今…
「ネコ語、うつってんじゃにゃいか~!」

 ・~・~・~・~・~・

 …なるほど、ね。

 私はパタンッと古い重厚な本を閉じた。
 ここは先日発見された、地下洞窟の奥、裂け目をさらに下った、まさに地の底である。この場所に存在した遺跡は、調査の結果どうやら前人類の集落だったと推察された。巨大な曲がりくねった箱が絡み合う外見には無数に四角い穴が開けられており、その中が壁で仕切られた住居になっていたようだ。この箱の内側に通じる扉を通って移動できるようにもなっている。さながら巨大な立体迷宮のようであった。
「フォール博士!」
 呼ばれて振り向く。助手が手を振りながら歩いてきた。
「どうです。何か面白そうなものでも見つけましたか?」
 私の手にある本をちらちらと見ながら、彼が聞いてきた。
「まあね。なかなか興味深い内容だよ。これから精査しなければならないが、どうやらここは前人類の終焉の時代の遺跡で間違いないらしい。更に、どうやらヒトネコの誕生の地でもあるかもしれない。」
 私は助手にこの本を手渡した。
「日記のようなものなのかな。ちょっと違うような気もするが…。ここに書かれていることが本当の事なら、ものすごい大発見と言えるだろうね。前人類の滅亡、そしてヒトネコ誕生の真相が書かれているよ。」

“住居”から出て少し歩いた。振り返ると、奇妙に絡み合った巨大な箱が山のように見下ろしている。ここで暮らしていた前人類と言われる人たちはどのような思想でどのように生きていたのか。それは想像することしかできないのだが、少なくともあの本のライターちょしゃ(ナッちゃん?)はハルの陽気の中で幸せに生きていたのだろうな、と思った。

 ・~・~・~・~・~・

 フォール博士が外に出てそんな事を思っていた時、助手のウィンターは博士から受け取った本に目を通していた。
「ん? 何だ?」
 一瞬、「にゃ」の文字がキラリと光った気がした。気のせいか? 最近疲れ気味だしな。指先で眉間を揉む。
「あー、いつにもまして気持ち良いな。やっぱり、相当疲れが溜まってるんだなこれは。」
 まるで“肉球”マッサージみたいだ。博士に言って一週間くらい休みをもらって、思いっきり羽でものばしてくるか。いやー、今回の発見で、むしろ思いっきり仕事の山を押し付けられそうだな。

 季節は廻り、繰り返す。
 苦笑とともに本を閉じたウィンターはまだ知らない。近い将来、自分たちの世界が“Good-Nya Good-Nyaぐにゃぐにゃ”な世界になってしまうことを。


 あとがき

 書き始めでは、もっと「ぐにゃぐにゃ世界」を中心にしたシュールで変な話にするはずだったんですが、最終的に意外とまともな形になったような…なってない?
 書いてる途中で気付いたんですが、キャラを出して話させ始めたとたんに暴走して、考えてたものと違う方向に突っ走り始めるんですよね。でもラストパートで(多少強引にですが)当初の予定の「明日はおまえたちの世界もぐにゃぐにゃ世界だぜ」にたどり着けたので、まあ、よくやった自分!と思っておくことにします。

 裏設定的なメモ。
・遥か昔に外宇宙から飛来した「ニャ」を起源としています。
・「ニャ」を視認した記録は無いですが、猫人間のような見た目だという説が有力です。
・前人類時は「ナツ」の言動がキーになってます(何故かはわからない)。
・最後の世界では「フォール博士」の言動がキーになります。これは「ナツ」に共感した事が原因と考えられます。
・季節が一巡すると「ニャ」は意識を活性化させるようです。

 ちなみに、最初の予定では「ぐにゃぐにゃ世界」はカビ菌のようにどんどん勢力を伸ばし地球が膨張していき、でも主人公が何かして崩壊。世界は廃墟になります。その後地球に現れる新人類が遺跡を発見し、再び「ぐにゃぐにゃ世界」を開放してしまう、というものでした。
 でも「それはネコミミをかじるようなものよ!」ってセリフが出てこないんだな。…あ、「ぐにゃぐにゃ世界」崩壊のきっかけがこのセリフって事にしても良かったのか…。


 見捨茶さんのこちらの企画、

 …こちらへの参加曲「グニャグニャ」で、最初の予定の世界観で作詞してみました。よろしければ聴いてみて下さいませ。


 最後まで目を通して頂き、どうもありがとうございました。