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『滑走路』『詩人の恋』映画星取り【11月号映画コラム①】

今回は、「詩」にまつわる2作。理由は「詩」だからというより、気になる作品だからであり、この共通項はつまりたまたまです。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

<今回の評者>

柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:クローネンバーグの『クラッシュ』。ひさびさに見なおして感動あらた。
ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始(Twitch:https://twitch.tv/noon_cafe)。
近況:映画評論家。ぶった斬り最新映画情報番組「CINEMA NOON」を配信中。次回は12月3日(木)20時からYouTubeチャンネルで生放送します。
地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
近況:東京国際映画祭で『第一炉香』を堪能。やはり張愛玲作品の映画化はアン・ホイ監督相性抜群。未公開名作群も併せ劇場公開希望。


『滑走路』

滑走路_メイン画像1

監督/大庭功睦 原作/萩原慎一郎 脚本/桑村さや香 出演/水川あさみ 浅香航大 寄川歌太 木下渓 池田優斗 吉村界人 染谷将太 水橋研二 坂井真紀ほか
(2020年/日本/120分)
●厚生労働省で働く若手官僚の鷹野は、日々の激務で理想を失い、業務に追われる日々を送っていた。ある日、非正規雇用が原因で自死したとする事案の陳情でNPO団体が訪れる。そのリストの中に、鷹野と同じ25歳で自死した青年に関心を持った鷹野は、その詩の理由を調べる。32歳で夭逝した萩原慎一郎のベストセラー歌集「滑走路」が原作。

11月20日(金)全国ロードショー
ⓒ2020「滑走路」製作委員会
配給/KADOKAWA

柳下毅一郎
真面目すぎて辟易
最初から最後まで抜きどころが一切ないシリアスすぎるイジメ劇。登場人物全員が眉にシワを寄せて深刻きわまりない顔の大クローズアップで画面から語りかけてくる。いやもちろん深刻な話なのは当然だし、真面目なのはいいことではあるんだが、ここまで一本調子でなくともよかったのではないか。俳優も力演、脚本はシリアス、演出は正攻法。全部合わさると、ちょっと疲れる感じに。
★★★☆☆

ミルクマン斉藤
ここまでユーモア皆無で作れる神経が判らん。
観たあとで読んだ立場で言うけれど、自死した歌人の歌集が原作という時点で発想が限定されてしまった印象。『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を想起させる“現実苦しいよな”クリシェの塊。三つの別々なストーリーが作品半ばで繋がりあう構成にいささかの驚きはあるが、非正規雇用だのさまざまな問題を盛り込もうとしたにも関わらず、結局は「いじめ」のトラウマ一点にしか絞れなかった「まず企画ありき」な弊害が如実に表れている。でも演技者は悪くはないんだよなあ、これが。
★☆☆☆☆

地畑寧子
先行き不透明な空気感
先行き不透明な社会に生まれ、育った若者たちの心象を丁寧に掬った佳作。時系列で物語を流さないことで緊迫感を呼び込んでいる巧い構成。もはや無邪気ではいられず正義や真心が通らない理不尽を知る、主人公たちの中学生時代のカットバックが特に心を打つ。陰湿ないじめを逃れられない学級委員長と、それを回避できた高野や状況を見据えていた翠との環境の格差がさりげなく組み込まれているのも効果的。この時代を演じた役者陣が光っている。
★★★☆☆


『詩人の恋』

『詩人の恋』メイン

監督・脚本/キム・ヤンヒ 出演/ヤン・イクチュン チョン・ヘジン チョン・ガラムほか
(2017年/韓国/110分)
●韓国・済州島。しっかり者の妻と暮らす詩人のテッキは、創作活動が振るわず、妻が妊活に励む中で自信を失っていたが、ふとしたきっかけでドーナツ店の男性店員セユンに出会い、触発されて書いた詩が周囲から認められる。ある時、セユンがガールフレンドといちゃつく姿に心を乱してしまったテッキは、今まで感じなかった感情に困惑してしまう。

11/13(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
©2017 CJ CGV Co., Ltd., JIN PICTURES, MIIN PICTURES All Rights Reserved
配給/エスパース・サロウ

柳下毅一郎
語り口のうまさと俳優の達者さ
「韓国的な風土」も「女性監督らしさ」もあるのだが、それ以上にやはりこんなテーマを見事にエンターテインメントに仕上げてしまう巧みさが韓国映画である。前半の妊活騒動は軽快なコメディ・タッチでつづられるが、実は主人公がどんどん追い込まれる嫌な話なわけで、語り口のうまさか。損な役回りの妻役チョン・ヘジンがたいそう達者で感心した。
★★★★☆

ミルクマン斉藤
月収30万ウォン、種なし男の“恋”。
感傷的で甘ったるいポエムがあんなに愛される国民性は僕には理解できないのだけれど(最近の好例は『君の誕生日』)、そうした高等遊民的存在の“詩人”が不意に陥る“恋”は、確かな“恋”に他ならず、創造のミューズの到来だったのだろうなと感じさせるに充分な煩悶をヤン・イクチュンが見事に表現。LGBTQ的であるとも言い切れないその恋へのツッコミは、妻役チョン・ヘジンの完膚なきまでの罵倒がすべてを表し、熊のように太ったイクチュンの妙な可愛さがそこはかとなく後に香る。
★★★★☆

地畑寧子
せつない成長の痛み
じりじり来ている韓国の女性監督による繊細ドラマの佳作。詩が得意というだけで、世間体を繕う結婚も稼ぎも人任せだが、心が温かく憎めない男テッキをヤン・イクチュンが好演。アラフォーにして初めて自分のメンタリティ、セクシャリティに向き合う歓びと惑いも巧く、過去作のイメージを見事に払拭したあたり、元々役者志望だった彼の面目躍如といえる。舞台が陽光眩しい済州島の港町という小さなコミュニティというのも結末まで効いている。
★★★★☆

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