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サカナクション山口一郎が行ったドネーション配信イベント「NF ONLINE #01」レポート

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撮影、取材、文/布施雄一郎

ふせ・ゆういちろう●音楽テクニカルライター。テレビブロスではサカナクション特集などで執筆を担当。https://twitter.com/MRYF1968

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6月20日(土)、東京・恵比寿リキッドルームから無観客のクラブ・イベント生配信《NF ONLINE #01 》が開催された。

《NF》とは、サカナクション山口一郎が、音楽に関わるさまざまなことをリスナーに伝えたいという想いから2015年にスタートさせた不定期開催の複合カルチャー・イベント。昨年12月には、渋谷の茶葉プロジェクト“GEN GEN AN”とのコラボレーションによるオールナイト・イベント《NF#13 - GEN GEN AN -》を行うなど、これまでに13回のレギュラー・イベントが行われてきた。

また、出張イベント的なイレギュラー・イベントも積極的に実施。2020年に入ってからも、コロナ禍の影響で残念ながら中止となってしまった「森、道、市場2020」会場で開催する予定だった《NF in MORI MICHI ICHIBA 2020》を、急遽、オンラインで無料配信するなど、活動を継続させてきた。

そして今回開催されたのは、さまざまなイベントが開催を制限される中で、オンラインによる初のレギュラー《NF》というわけだ。

これまでの“STAY HOME”期間においても、山口本人や、サカナクションのメンバー江島啓一(Dr)、さらにはクリエイター集団“NF”メンバーである青山翔太郎や黒瀧節也らがInstagramライブなどを利用し、ファンに向けたDJ配信をフリーで行ってきた。

しかし今回の会場は、《NF》のホームともいうべき恵比寿リキッドルーム。しかも現地では、サカナクションのライブPAを手がける佐々木幸生によりミックスされたサウンドが、大音量でPAスピーカーから轟かされるという、無観客とはいえども、数カ月前までは“当たり前”であった本格的なクラブ・イベントの再始動という宣誓とも受け取れる配信だった。

6月20日《NF ONLINE #01 》開催直前の山口のTweet


加えてもうひとつ、《NF ONLINE #01 》には大切な目的が込められていた。この日の収益の一部を、6月11日に音楽業界3団体により創設されたライブエンタメ従事者支援基金「Music Cross Aid」へのドネーション(寄付)を目的としていたのだ。


ここで「Music Cross Aid」について詳しく触れておきたい。

まず、“音楽業界3団体”というのは、一般社団法人日本音楽事業者協会、一般社団法人日本音楽制作者連盟、そして一般社団法人 コンサートプロモーターズ協会のことであり、長年に渡り、日本のライブ・エンタテインメントの根幹を支えてきた団体だ。

今年2月末、新型コロナ感染拡大を防ぐために、音楽業界全体が自発的にライブ・コンサートを一斉自粛してきた。その中で、ミュージシャン自身やレーベル、マネージメント、さらにはライブハウスなどが、独自に活動継続のための支援を募ったり、クラウドファンディング的な試みをしてきたことは、音楽ファンであれば十分に承知しているだろう。

しかしながら、こうした個々の活動では、中小団体、ましてや個人レベルにはなかなか支援が届きにくい。そこで音楽業界全体として、AIDプロジェクト(ライブイベント、放送配信、グッズ製作販売など)の収益金や寄付金をとりまとめ、活動資金を必要とする団体・個人に支援や助成をしていこうという支援プロジェクトが「Music Cross Aid」なのだ。

しかも注目すべきは、これまでエンタテインメントの裏方に徹してきた、舞台制作、音響、照明、撮影、衣装、メイク、大道具小道具からケータリング、会場整理やセキュリティに至るまでの事業者、プロフェッショナル・スタッフの現在とその未来を支援するために立ち上げられた基金だという点。

《NF ONLINE #01 》は、こうした「Music Cross Aid」に賛同して開催。配信そのものは無料で誰でも見ることができたが、配信プラットホームとして、ゲーム実況配信などで世界的に利用者の多い「Twitch」を使うことで、視聴者からチアリング(投げ銭)やサブスク登録(スポンサー契約)といった支援を募り、その一部は後日、「Music Cross Aid」へと寄付されるという。


これまで山口は、「深夜対談」など自身のトークを中心とした配信にはInstagramライブ、サカナクションのライブ映像作品の無料配信にはYouTubeを使ってきた。しかし《NF ONLINE #01 》は、「Music Cross Aid」へのドネーションという趣旨があることから、配信者にとっての収益化の敷居が低いTwitchを利用することで、その実用性を試そうという意味合いも大きかったのだろう。しかも、Instagramライブがモノラル音声配信であるのに対して、Twitchはステレオ音声が配信できるため、アフター・コロナにおける音楽生配信の可能性を探る公開実験といった側面もあったのかもしれない。いずれにせよ、未来に向けての新たな挑戦、その第一歩であったことは間違いないだろう。


やや堅苦しい話題が続いてしまったが、ここで改めて《NF ONLINE #01 》そのものの話に戻ろう。

この日、19時を少し回って始まった生配信は、山口の弾き語りからスタート。その場所は、ステージではなく、陽が落ち暗くなり始めた屋外。リキッドルームの入口からの中継だ。

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ここで山口は「新宝島」を歌い、《NF ONLINE #01 》の主旨や「Music Cross Aid」について短く説明すると、画面はリキッドルームの会場内へと切り替わり、フロア中央にセッティングされたDJブースから、まず青山翔太郎、続いて、サカナクション江島がDJをプレイ。特に江島は、サカナクション作品縛りのリミックス的なプレイを行い、多くの“魚民(サカナクション・ファンの通称)”を喜ばせた。

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(青山翔太郎)

しかし、本当に喜んでいたのは、山口や江島をはじめ、スタッフを含めた、その場に居合わせたすべての人々だろう。足元から伝わり、下っ腹に響くビート。そして、全身で浴びる大音響。当たり前すぎて忘れかけていたこの振動が、決して当たり前のものではなかったんだと痛感させられると同時に、久々の快感に、会場の誰もが自然と笑顔になっていた。画面越しでは伝わらない、これぞライブハウスでしか得られない喜びであり、真の醍醐味だ。

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(山口一郎)

一方で、配信ならではの楽しみ方も新に感じることができた。先に触れたように、会場入口での弾き語りから、一気にフロアでのDJプレイに転換するといった演出は、実際のライブでは不可能な、まさに配信だからこそ可能な演出。さらにこの日、配信された映像には、Rhizomatiks Research(ライゾマティクスリサーチ)によるリアルタイムのVJ処理が施されており、スマートフォンの画面で見るからこそのワクワク感も、十分に視聴者へ届けてくれた。

続いて登場したのは、そのRhizomatiks Researchのファウンダーであり、日本を代表するトップクリエイター真鍋大度。そのバトンを黒瀧節也が受け継ぎ、1時間ほどプレイすると、画面は再び、リキッドルーム入口の山口へ。

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(真鍋大度)

「早く、リキッドルームのネオンの下に踊りにこられる日々が戻ってくるよう、油断せず、感染しないように気を付けながら、みなさんと(コロナ禍の状況と)闘っていけたらなと思います。僕らはその間、みなさんからいただいた応援、支援の恩返しを音楽にしていきたいと考えていますし、チームNF、そしてチーム・サカナクションで一丸となって、みなさまと音楽でワクワクできることをやっていけたらなと思います」(山口)

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(黒瀧節也 公演中のスクリーンショットより)

こう語ると夜空の下、弾き語りで「グッドバイ」を歌い上げるが、それでもこの日の喜びを抑えきれない山口は、「でも、まだまだ踊り足りない気もするけど……あと1曲だけお付き合いください!」と叫び、フロアへ移動。ここリキッドルームで生まれたサカナクションの楽曲「聴きたかったダンスミュージック リキッドルームに」をバックに、出演者全員が笑顔で踊りながらフィナーレを迎えた。

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(山口一郎 公演中のスクリーンショットより)


今後もオンラインでの《NF》は、不定期ながらも月1回程度のペースで開催が予定されており、第2回目となる《NF ONLINE #02 》は7月18日(土)21時スタートがアナウンスされている。


物理的、あるいは環境的に、東京、そしてリキッドルームに足を運べない人は大多数だろうし、未成年のため深夜イベントに参加できないという人もたくさんいるはず。そういった全国津々浦々で音楽を欲している人々に、ダイレクトに音楽エンタテインメントを届けられるという点は、奇しくもコロナ禍が半ば強制的に生み出した、配信ならではの新しいエンタテインメントの可能性とも言えるだろう。

今年の2月末以降、一切のライブ開催を断念せざるを得ない状況に陥った時、多くのミュージシャン/アーティストたちは、何もできない状況を打破するために、そして“ライブの代わり”として、さまざまな形で配信をスタートさせた。その配信も、今では次のステップへと移行し、ライブに取って代わるものとは違う、配信でしか実現できない表現手法というものが、世界中で模索され始めている。

もちろん山口の頭の中にも、まだおぼろげかもしれないが、その未来像は見えつつあるに違いない。それがどういう形で実現され、そこにたどり着くまでにいかほどの時間がかかるのか。それはまったく知る由もないが、彼の新しい表現を目の当たりにした時、自分の中に、いったいどんな感情が沸き上がってくるのか。それが楽しみでならない。

そして彼は、そこに至る過程すらも、ひとつのエンタテインメントとして成立させ、我々に提供してくれている。それが、前編で紹介したライブ映像作品YouTube生配信であり、深夜対談であり、今回レポートした《NF ONLINE》だ。僕らは今、アフター・コロナに向かう山口の試行錯誤さえも、新しい形のエンタテインメントとして楽しんでいるのだ。

ぜひ多くの人に、まず一度、配信によるライブ・エンタテインメントのワクワク感をリアルに体験して欲しい。そして、世の中の状況が落ち着いた際には、可能な人は現地に足を運び、今度はライブハウスでないと得られないドキドキな体感をリアルに経験して欲しい。そう願ってやまない、そんなイベントであった。

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