見出し画像

【2023年5月号 爆笑問題 連載】『不思議の国の……』『だが、毛髪はない。』天下御免の向こう見ず

バックナンバーはこちら

<紙粘土・田中裕二>
だが、毛髪はない。

先日の『THE SECOND』で見事初代王者に輝いたギャロップの林君。おめでたい話だが、実は4月に再婚していたことも発表した。ダブルでおめでとう~。
でもごめん、紙粘土はトム・ブラウンみちおになっちゃった。

<文・太田光>
不思議の国の……

 気がつくと少女は不思議な世界の中にいた。キラキラと夢のような世界。自分のいる場所が他と違うんだと気づいたのはいつ頃だったろうか? 物心ついた時には周りにたくさんのお兄ちゃん達がいて、お母さんは、彼らに母のように慕われていて、叔父さんは、皆に尊敬されていた。
 お兄ちゃん達は、歌ったり踊ったり楽しそうで、格好良くて、自分を可愛がってくれて、少女も楽しそうな彼らを見るのが大好きだった。
 そこは夢の国だった。
 学校に行くと友達は、お兄ちゃん達を見て歓声を上げていて、写真や下敷きを大切に持っていて、彼らの歌を歌っていて、近くにいる少女は羨ましがられ、少女はとても誇らしかった。
 みんな家族のようだった。
 全国からぬいぐるみがたくさん送られてきて、お兄ちゃん達は時々少女にそのぬいぐるみをくれたり、もらったお菓子をくれたりした。
 毎日が夢のようだった。
 あの変な話を聞いたのは、ちょうど少女も少しずつ成長して、新しい、自分と歳が近い男の子達や歳が下の若者達が増えてきていた思春期の頃だった。
 叔父さんが、彼らに変なことをしている。
 外の世界から聞こえてくる噂は、耳を覆いたくなる話だった。
 そんなの嘘、と少女は思った。
 それでも疑問が消えたことはない。
 母親にはとても聞けなかったし、まして叔父さんにその噂のことを聞くことなど出来るはずもなかった。それでもその噂は小さな小さなトゲのように少女の心に刺さっていた。
「嘘だよね」
 部屋で少女は一人、呟いてみた。
「ケケケ、どうかニャ?」
 ヘンテコリンな声がした。
「誰?」
 少女が振り返ると、たくさんのぬいぐるみの中の一つが、ニヤッと笑ってこっちを見ていた。あんなぬいぐるみ、あったかな?
「ウサちゃん?」
 それはウサギに見えた。でもよく見るとウサギじゃない。耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
「そう。ウサちゃんだニャ」
 少女は顔をしかめる。
「嘘、あなたはウサギじゃないわ。よく見たらネコじゃない」
「フギャぁ! 失礼ニャ! おれはウサギだニャ!」
 少女は笑う。
「変な子」
「ケケケ、お前もニャ」
「え? わたし?」
「そうだニャ」
「わたしは変じゃないわ」
「変だニャ。おれと普通に話してるニャ」
「それが変なの?」
「変だという人から見たら変だニャ。おれもおまえも、お前の家族も、お前の世界も」
 少女の心のトゲがうずく。
「おまえは、自分の心を大切にしニャきゃだめだニャ」
「え?」
「お前には自分を一番大切にする権利があるんだニャ……」
「……どういうこと?」
「ケケケ、まだ小さいおまえにはわからニャイだろうニャぁ。人にはみんニャ、自分の心を一番大切にする権利があるんだニャ。そうしニャきゃダメニャンだニャ」
 少女はぬいぐるみが難しいことを言うのが可笑しくて、クスッと笑った。
「ケケケ」
 ウサギネコも笑った。
 やがてウサギネコは笑い声だけ残して少しずつ消えていった。

 少女は大人になり、母と叔父は死んだ。
 今、あの頃少女だった女性に、あの頃少年だった人々から非難の声が上がり、その声は広がり、社会から女性を責める声が鳴り止まない。
 女性は権力者となり、今までの人生を振り返っていた。
 小さかった心のトゲが大きくなり、彼女の体を突き破ろうとしている。
 あの日々は、夢か?
 いつから世界は変わったんだろう?
「ケケケ」
 突然ヘンテコリンな声がする。
 見ると部屋の隅に、奇っ怪で白い小さな動物がいた。
「ケケケ、久しぶりだニャぁ」
 女性は戸惑った。
 なぜ、ネコが喋っているのだろう? 自分は幻覚を見ているのだろうか?
「失礼ニャ! おれはネコじゃニャい! ウサギだニャ! それに幻覚でもニャンでもニャイ!」
「ちょっと、誰か!」
「ケケケ! 呼んでもムダだニャ! おまえにしかおれの姿は見えニャイ! でもおれは幻覚じゃニャイニャ!」
 女性はドアを開けて逃げようとするが、ドアは開かない。 
 ウサギネコがニヤニヤしながら近づいてきた。

ここから先は

1,201字
「TV Bros. note版」は、月額500円で最新のコンテンツ読み放題。さらに2020年5月以降の過去記事もアーカイブ配信中(※一部記事はアーカイブされない可能性があります)。独自の視点でとらえる特集はもちろん、本誌でおなじみの豪華連載陣のコラムに、テレビ・ラジオ・映画・音楽・アニメ・コミック・書籍……有名無名にかかわらず、数あるカルチャーを勝手な切り口でご紹介!

TV Bros.note版

¥500 / 月 初月無料

新規登録で初月無料!(キャリア決済を除く)】 テレビ雑誌「TV Bros.」の豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビ…

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)