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【2023年4月号 爆笑問題 連載】『笑い声』『』天下御免の向こう見ず

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<紙粘土・田中裕二>
「安心しないでください。吐いてますよ」

とにかく明るい安村がイギリスのテレビ番組で大爆笑をとったニュースは本当に日本中を明るくしてくれた。祝勝パーティーで飲みすぎてこんな一幕もあったかもしれないと思うと、安心できない。

<文・太田光>
笑い声

 男が投げた銀色の筒は思ったようには破裂せず、狙っていた効果は得られなかった。二本目に火をつけようとした所で、大きな力で押さえつけられ、地面に押し付けられた。

「世直し」
 それをするのは自分しかいない。男はそう感じていた。実力行使。本来なら不本意ではあったがしかたない。この国をよくするにはそれしかない。国民の声は届かない。ならば……。

 計画は失敗した。やはりこの国は腐っているのだ。またしても大きな力で封じ込められた。
 
 狭い部屋。
 男は黙秘を続けている。
 国家権力。こいつらに言葉は通じない。腐りきった国家の犬に何を言っても民主主義は守れない。
 それでも今回の自分の行動は、世論を動かし、自分の声は市井の人々に届き、やがて大きな動きになるはずだ。
「ケケケ……届かニャイよ」
 突然、ヘンテコリンな声が聞こえた。
 男は部屋の隅を見る。
「ケケケ……おまえのは声じゃニャイ。ただのボウリョクだ」
 そこにいたのは、奇っ怪な白い小さな動物だった。耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
「……」
 男は言葉を失った。
 ウサギネコは男をジロリと見つめて言う。
「ニャに黙ってるんだニャ? 世のニャカに言いたいことがあるんだったら、声を出せ」
 ……もちろん言いたいことは山ほどあるが、今は何を言っても始まらない。自分には黙秘するという立派な権利もある。不利になることは言わない権利がある。それが人権であり民主主義だ。
「ケケケ、ふざけるニャ! おまえニャンかに人権ニャンてニャイ! おまえはヒトデナシだニャ」
 ……人でなし?
 目の前にいる奇っ怪な動物にそんなこと言われる筋合いはない。男はムッとした。
「ケケケ」とウサギネコは笑う。「ニャにが民主主義だニャ。ケケケ! 笑わせるニャ。ボウリョクをふるったクセに。おまえに民主主義を語る資格ニャンかニャイ!」
「……俺は」男は初めて口をひらいた。「俺は今まで散々司法に訴えてきた。それでもこの腐った世界には俺の言葉は届かなかった……悪いのはこの体制だ。この社会だ」
「ケケケケケケケ!」ウサギネコは腹を抱えてひっくり返って笑った。「ケケケケケ……ククッ……ククククッ……ハァ、苦しいニャぁ」
「何がそんなにおかしい!」
「ケケケ! 訴えてきた?……届かニャかった? ケケケ……大笑いだニャ!」
 ウサギネコは苦しそうに床をのたうち回る。
「おまえが訴えてきたのはたかだか数ヶ月だニャ……ケケケ……エラそうに……」
「笑うな!」
 ウサギネコは真顔になって、急に男の目の前に近づいてきて言った。
「声が届かニャかっただと?……おい、この世界をニャメるニャよ」
「な……なんだと?」
「おまえ、ニャぜ訴えを続けニャかった? たった数ヶ月で……ニャぜ言葉をあきらめたんだニャ?」
「じ……実力行使が有効な時がある。時には革命が必要な時がある……そうしなきゃわからない程この社会は……ウッ」
 急に男の息がつまる。
 ウサギネコの両手が伸びて、長い指が男の首に巻き付いていた。ウサギネコが指に力を込める。ギュゥーっと。
 男は首が絞まって顔が真っ青になった。
「く……苦しい……」
 ウサギネコの目がまっ赤になって男を睨みつけている。
「もう一度言ってみるニャ……もう一度言ってみろ!」
 男は気管が詰まって声が出ない。
 ウサギネコは恐ろしい形相で、ますます手に力を込める。
「さぁ……もう一度言ってみるんだニャ。ニャンだと?……革命?……ケケケ」
 男の顔がみるみる赤黒くなる。
「ケケケ……声が届かなニャかっただと? おい、クソガキ……ふざけるニャ……」
「……う……うううっ……」
「おまえや……おまえに似たバカが、ニャにを踏みにじったかわかってるのかニャ?……たかが数ヶ月で……ケケケ、おまえやおまえに似たバカと違って、何年も、何十年も司法に訴え続けてきた人がいる……どんニャに絶望してもあきらめニャイで何十年も戦い続けてきた人がいる……おまえや、おまえに似たバカは、その人たちを踏みにじったんだニャ……わかるかニャ」
 男の意識は遠のいていく。
 ウサギネコは男の首に更に力を込めながら笑った。
「ケケケ……声が届かニャイ?……ケケケ……笑わせるニャ!……おれや……おれと同じ物語の中の架空の登場人物達がどれほど声をあげてきたかわかるかニャ? どれほどお前たちに語りかけてきたかわかるか?……なんじゅうねん、なんびゃくねん、なんぜんねん、物語の中で話しかけてきたかわかるかニャ?」
 男は死にそうだ。
「絵本の中から、物語の中から、おまえのママや、ばあさんやじいさんや、そのまたばあさんの声をかりて、どれほどの時間、お前たちに話しかけてきたか、わかるか!」
「……し……死ぬ……」
 男は最後の力をふりしぼってウサギネコの腕を掴んでもがいた。
 ウサギネコの目は完全にイッちゃっている。
「殺すニャって、殺しちゃだめだって……ニャンどもニャンどもだニャ……おれだけじゃニャくて、いろんニャ架空の物語の主人公達が言ってきたニャ。それでも声はまだ届かニャイ……目の前にいるおまえにすら届かニャイ……ボウリョクは無意味だって……ニャンどもニャンども言ってきたニャ……簡単じゃニャイ……ケケケ……おまえニャンかが思うほど、声は簡単に届かニャイ!……ニャメるニャ!……この世界をニャメるニャ!」
「や……やめろー!」
 男は最後の力をふりしぼり、ようやくウサギネコを突き飛ばした。

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