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『アングスト/不安』『カセットテープ・ダイアリーズ』映画星取り【7月号映画コラム①】

今回の映画星取りは『アングスト/不安』、『カセットテープ・ダイアリーズ』の2本。前者を視聴する際は心してかかったほうがよさそう。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記)

<今回の評者>

柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な著書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:基本引きこもりなので、自粛生活もあまり変化はありません。
ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。6月からは大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を開始(Twitch:https://twitch.tv/noon_cafe)。
近況:映画評論家。月始め金曜20時から、言いたい放題最新映画情報番組「CINEMA NOON」を配信。YouTubeにもアップします。
地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、「パーフェクト・タイムービー・ガイド」「韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史」「中国時代劇で学ぶ中国の歴史」「韓国テレビドラマコレクション」などに寄稿。
近況:スパイク・リー監督『ザ・ファイブ・ブラッド』好感度にて鑑賞。Netflixタイミング良すぎの配信ですね。

『アングスト/不安』

アングスト

監督/ジェラルド・カーグル 出演/アーウィン・レダー シルヴィア・ラベンレイター エディット・ロゼット ルドルフ・ゲッツほか
ほか
(1983年/オーストリア/87分)
●1980年にオーストリアで実際に起こった一家惨殺事件を映画化。約8年間の刑期を終えて出所する1カ月前、就職先を探すために外出していた男の凶行を描く。1983年にオーストリアで製作された同事件を題材にした映画は、ヨーロッパで上映禁止やビデオの販売禁止が相次いだ。
7月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
配給:アンプラグド
©1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

柳下毅一郎
決して愉快にならない傑作
殺人鬼の一人称という誰にとっても困難すぎる映像を、撮影ズビグニュー・リプチンスキー(『タンゴ』!)、音楽クラウス・シュルツェという天才二人の参加によって軽々と乗り越えた異形の作品。観客を誰一人決して楽しい気分になぞさせず、不快と嫌悪感のみが待ち受ける映像体験は唯一無二のものであり、決定的に反社会的存在であるがゆえに永遠にカルト映画の位置にとどまるだろう呪われた傑作だ。
★★★★★

ミルクマン斉藤
行為よりキャメラこそがショッキング。
昔VHSで出た時に観ているのだが、本作の唯一無二さは変わらない。ただ僕にはイカれた男の凶行よりも、当時一世を風靡した映像作家Z.リブチンスキによる異様なキャメラワークを90分間強迫的に意識させられ続ける映画、という一点で記憶に焼きついているのだ。ステディカムなのか何なのか、男だけに焦点絞って背景はグラグラ揺れる地に足着かぬ浮遊感、と思えば平気で俯瞰になったりする。いったいどうやって撮ったのだ? 今でも謎だ。意外に最高の犬映画でもある。
★★★★★


地畑寧子
時代を先取りしすぎた1980年代佳作
残虐な犯行に、自身の凄惨な生い立ちからくる怒りを重ねる手法は今や定番だが、40年も前にこれを直球で用いていたとは驚き。しかも昨今流行りの実話が元。時代先取しすぎゆえの誹りを受けていたことも納得できる。曇天、俯瞰撮影、BGM全てが不安をそそり、サディズムを自覚する本人の視点でのドイツ語の語りが追い打ちをかける、動揺極まりない作品。『ヘンリー』『ロシア52人虐殺犯/チカチーロ』を忘れられない人には特に推し。
★★★☆☆

『カセットテープ・ダイアリーズ』

カセットテープ

監督・脚本/グリンダ・チャーダ 脚本/サルフラズ・マンズール ポール・マエダ・バージェス 出演/ヴィヴェイク・カルラ クルヴィンダー・ギール ミーラ・ガナトラ ネル・ウィリアムズ アーロン・ファグラ ディーン=チャールズ・チャップマン ロブ・ブライドン ヘイリー・アトウェル デヴィッド・ヘイマンほか
(2019年/イギリス/117分)
●パキスタンからの移民のジャベドは、イギリスの田舎町で暮らしているが、町の閉鎖性や人種差別、親の保守的な考えに鬱屈した日々を過ごしていた。そんなある日、ジャベドはブルース・スプリングスティーンの音楽と出会い、人生が一変する。

7月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ 他全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン
©BIF Bruce Limited 2019


柳下毅一郎
要スプリングスティーン愛
ロンドンからほど近い郊外都市ルートンの青春は、あるいはニューヨーク近郊の田舎町ニュージャージー州アズベリー・パークでブルース・スプリングスティーンが見ていたものに近いのかもしれない。田舎町の鬱屈した青春を丁寧に描くのはいいのだが、丁寧すぎてわかりきった手順のくりかえしになってしまっている感もある。スプリングスティーンの楽曲はいやというほどかかるので、スプリングスティーン愛に共感できる人にはお勧め。
★★★☆☆

ミルクマン斉藤
「白い暴動」の時代に屹立するザ・ボス。
G.チャーダとしては、まるで17年前の『ベッカムに恋して』姉妹篇。あちらはインド系少女、こちらはパキスタン系少年、いずれも厳格で伝統重視、かつ事なかれ主義の父権制家庭に閉塞感を感じる英国青年の話だ。しかしこちらは極右政党・国民戦線の台頭著しかった頃。排外主義の標的とされる主人公が自己防衛のため選んだ武器が、米国のブルーカラー・ヒーローの歌詞であったというのが面白い。偶然にも同時期公開のスプリングスティーンもの『サンダーロード』より遥かにいい。
★★★★☆


地畑寧子
選曲も抜群な1980年代青春ドラマ
移民の子供に常にあるアイデンティティの問題、ムスリムの父権主義の壁をB・スプリーングスティーンの歌詞に勇気をもらい乗り越えていく快作。サッチャー政権下の地方都市の様相、主人公ジャベドに影響を与える誠意ある人々の挟み込みも巧く、シク教徒の友人の穏やかな立ち位置も確か。俺様色濃厚なスプリーグスティーンは苦手だったが、本作で大いに反省。ペット・ショップ・ボーイズ、MIAIRIRISなどドンピシャ選曲にも嬉し泣き。
★★★★☆

今回の選者のほかのコラムはこちら

前回の星取り映画はこちら


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