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ショートショート:子どもの兵隊

 「フリイ、危ない!」
 お兄ちゃんの声が、荒野に響き渡ります。それから少し遅れて鉄砲の音が響き、僕の後ろの岩陰から赤い血がはじけ飛びました。

 「お兄ちゃん、ありがとう」
 振り返った僕が安心した表情を見せると、お兄ちゃんは微笑みました。それからお兄ちゃんは周囲を見渡すと、鉄砲を下ろしました。
 「敵はもういないね」
 僕は頷き、暑い夏の荒野に目を向けました。荒野には沢山の人が倒れていました。

 「さあ、今日も終わったし、施設に帰ろう」
 僕達は今、とある施設に住んでいます。そこには優しい施設長さんがいて、僕達と同じお父さんとお母さんがいない子ども達がいます。

僕たちは流れる血を踏みつけ、倒れる敵隊を飛び越え、施設を目指します。時々、まだ生きている敵兵が「助けて」と僕たちに手を伸ばします。けれど僕はその手を掴まず、鉄砲で撃ちます。するとその敵兵は静かになります。
 しかし、倒れているのは敵兵だけではありません。

 「あ、ドリイだ」
 目の前の岩陰に、同じ施設で暮らすドリイがいました。ドリイは手から鉄砲をこぼし、周辺の地面は赤く染まっています。どうやらお腹を撃たれてしまったようです。
 ドリイは僕達に気付くと、苦しそうな表情で手を伸ばして、「助けて」と言いました。
 けれど僕はドリイの手を掴みません。代わりに鉄砲を取り出して、怯えた表情を見せたドリイを撃ちます。

 「お兄ちゃん。ドリイはダメな子だね」
 「そうだね」

 僕達は今、戦争というものをしています。
 施設長さんは、言います。戦争では、敵を殺すことが全てなのよ。敵を殺せないダメな子は、いらないのよ、と。

 「お兄ちゃん。今日は施設長さんも褒めてくれるかな?」
 「褒めてくれるよ。だって、沢山敵を殺したんだから」
 僕達は微笑み、施設を目指してまた歩き出しました。
 

 森の中の施設に着くと、施設長さんが出迎えてくれました。
 「今日も沢山敵を倒したのね。二人は、本当にいい子ね」
 施設長さんが撫でてくれるので、僕達は自然と笑顔になります。しかし僕達の笑顔とは反対に、奥の医務室からは呻き声が聞こえてきます。
 「施設長さん。皆は敵にやられちゃったの?」
 お兄ちゃんが聞くと、施設長さんは言いました。
 「この声は聞かなくていいのよ。医務室にいる子は敵に負けちゃったダメな子なの。だから、二人は気にしなくていいの」

 そして、施設長さんは僕達の耳を手で塞ぎました。施設長さんの顔はとても悲しそうでした。だから、僕は施設長さんを悲しませないように言います。

 「施設長さん。僕達が沢山敵を殺して、戦争に勝つから大丈夫だよ」
 「まあ、それなら私も安心だわ。ありがとう」
 そう言うと、施設長さんは僕達を優しく抱きしめました。

 施設長さんに抱きしめられると、僕は嬉しい気持ちでいっぱいになります。だから、僕はまた敵を殺そうと思います。だって、施設長さんに沢山撫でて欲しいから、また抱きしめてほしいから。
施設長さんのことが、大好きだから。
 
 
 僕達は来る日も来る日も、戦争をします。毎日戦争をしていると、沢山のダメな子達が死んでしまいます。けれど、少しするとまた別の子がやってきます。そしてまた、戦争で死んでしまいます。
 今日も戦争を終えて、施設に帰ります。そして、今日の報告をします。
 「まあ、二人とも、今日もよく頑張ったのね」
 施設長さんは微笑み、僕達の頭を撫でてくれました。僕は嬉しくて、沢山殺して良かったと思いました。
 
 
 夕食を食べた後、僕達は自由に過ごします。今日はお兄ちゃんと森の川辺で星を見ます。

 「お兄ちゃん、星って綺麗だね」
 まるで金平糖のような星を見ながら僕は言います。
 「うん。今見ている星って、実はもう死んでるんだよ。僕達が見ているこの光は、何万年の星の光なんだ」
 「そうなんだ!」
 驚いたように顔を向けると、お兄ちゃんは笑いました。
 お兄ちゃんはよく本を読みます。なので、お兄ちゃんはとても頭がいいのです。

 「フリイはさ、戦争が終わったら何したい?」

 ふと、お兄ちゃんは聞きました。
 「僕はさ、戦争が終わったら、沢山本を読んで、もっと沢山のことを知りたい」
 そう話すお兄ちゃんの横顔は、とても幸せそうでした。
 戦争が終わったら、なんて今まで考えたこともありませんでした。夜空を見ながら、少しだけ考えます。

 「戦争が終わったら、お兄ちゃんや施設長さんと自由に遊びたい」
 僕が言うと、お兄ちゃんは微笑みました。そして「じゃあ、絶対戦争に勝たないとね」と言いました。
 
 
 それから数日後、僕達は大きな戦争に行くことになりました。
 戦争に行く朝、施設長さんは子ども達を集めて言いました。
 「この戦いに勝てば、もう戦争はお終いよ。だから、頑張ってね」
その言葉は、僕を自然とやる気にさせました。
 
 けれど、今回の戦争はそう簡単にいきませんでした。戦場は敵の爆弾で炎に包まれ、戦場に向かった子ども達の多くは焼け死んでしまいました。戦場は爆弾の音と、鉄砲の音と、人の悲鳴で溢れかえっていました。

 それから何日も時が経ち、気付けば戦場は焼野原になっていました。僕達はもう何日もまともに眠ってなくて、食べてなくて、身体に上手く力が入りませんでした。目の前には、ゆらゆらと影が見えました。僕はそれを、ただただ撃っていました。

 「フリイ」

 後ろから、お兄ちゃんの声が聞こえた気がしました。けれど僕は振り返らずに、ただ目の前の敵を撃っていました。

 しばらくして、誰かが肩に触れました。僕は身体を返して、鉄砲を向けます。そこにいたのは、お兄ちゃんでした。
 「フリイ、もう終わったんだよ。ほら、もう誰もいない」
 振り返ると、そこにはもう誰もいませんでした。あるのは、ゆらゆらと昇る煙だけでした。

 「戦争に勝ったんだ」

 その言葉を聞いて、僕はお兄ちゃんに抱き付きました。
 「本当に、本当に勝ったんだね」
 気づけば、僕は泣いていました。お兄ちゃんも泣いていました。

 顔を上げると、もう爆弾の音も鉄砲の音も、聞こえませんでした。周りには、沢山敵が倒れていました。施設の子ども達も、僕達以外は皆死んでしまいました。静かになった戦場で、僕達の声だけが響いていました。
                                                      
 
 施設に戻ると、施設長さんは僕達を抱きしめてくれました。
 「二人とも、本当によく頑張ったね」
 どうやら、施設長さんは僕達が戦争に勝ったことを知っていたようです。僕は色々と言いたいことがあったけど、施設長さんの腕の中は暖かくて、嬉しくて、僕は自然とこう口にしていました。
 「僕、これから施設長さんと沢山遊びたい」
 僕の言葉を聞いた施設長さんは言いました。
 「そうね。でも、もう遊べないの」
 
 施設長さんの背後から、かちゃり、と音が聞こえました。僕はゆっくりと顔を上げます。そして、僕は目を丸めました。

 
気付くと、僕達は鉄砲を持った敵兵に囲われていました。
 
 
「施設長さん、敵だ!」
 僕が叫ぶと、施設長さんは首を振りました。
 「フリイ、敵じゃないわ」
じゃあ、誰なんだろう。そう思っていると、一人の兵隊が施設長さんに聞きました。

 「残りはこれだけか?」
 施設長さんは頷き、僕達から離れます。すると、兵隊は僕達に鉄砲を向けました。
 「施設長さん、どういうこと?」
 お兄ちゃんは困惑したように聞きます。

 「ずっと騙しててごめんね。ここは、子どもの兵隊を作る軍の施設なの。私はその管理人として、子ども達を完璧な兵隊に育て上げた。殺すことに躊躇せずに、悪意も罪悪感も持たずに人を殺せる、戦争兵器。それが、あなた達なのよ」

 僕達がぽかんとした表情を浮かべていると、施設長さんは続けました。

 「私は、人殺しが良いことだと教え込んだ。そして子ども達の善意を奪う為、戦いに負けた仲間には目を向けないようにさせた。全ては戦争に勝つ為に。でも、もう戦争は終わった。二人のおかげで、世界は平和になったのよ。でもね、平和な世界に二人を連れて行くことは出来ないの。だって、平和な世界に人殺しはいらないから。だからね、元々戦争が終われば二人は処分される予定だったのよ」

 「処分って?」
 僕は震える声で聞きました。施設長さんは何も言いませんでした。

 「もういいか?」
 兵隊の一人が言います。施設長さんが頷くと、兵隊は僕達を撃ちました。その瞬間、僕の全身には痛みが走り、体から血が溢れ出ました。
隣を見ると、お兄ちゃんも倒れていました。

 僕は身体を引きずり、お兄ちゃんに近寄ります。「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃん」声を掛けても、お兄ちゃんは何も言いません。
 ああ、お兄ちゃんは戦争が終わったら沢山本を読んで、沢山のことを知りたいって言ってたのに。戦争が終わったら、沢山お兄ちゃんと遊びたかったのに。
 
 子どもの僕にも分かります。
 お兄ちゃんは、撃たれて、死んでしまったのです。
 それはまるで、僕達が今まで撃ち殺してきた敵兵のように。
 
 血を流し、冷たくなってしまったお兄ちゃんを見ると、僕の中に自然と死に対する恐怖が生まれました。

 「助けて・・」と、気付けば僕は施設長さんに手を伸ばしていました。けれど施設長さんは手を取ってくれません。僕は悲しくて、寂しくて、涙が溢れてしまいます。施設長さんは横たわる僕達を見ながら言いました。

 「あのね、手っていうのは鉄砲を持つんじゃなくて、誰かと繋いだり、抱きしめたり、優しい使い方をするものなのよ。ちゃんとした使い方を教えてあげなくてごめんね」

 ああ、そっか。痛みの中で、僕はドリイのことを思い出しました。ドリイもこんなに辛かったんだ。あの時、ドリイの手を取ってあげればよかったなあ。

 もう痛くて声も出ません。目も、ほとんど見えません。体はどんどん冷たくなって、怖くて、悲しくて、切なくて、どうしていいか分かりません。
 
 すると、僕の頭に何かが乗った感触がしました。それは暖かくて、優しくて、施設長さんの手だとすぐに分かりました。
 施設長さんは僕達に嘘を付いていたかもしれません。酷いことをしていたかもしれません。でも、僕はやっぱり施設長さんが大好きです。

 だって、施設長さんの手はとても暖かくて、優しかったから。


 それだけは嘘偽りない、本物だったから。
 

 薄れゆく意識の中で、僕は言っていました。
 「施設長さん、大好きだよ」
何となく、施設長さんが笑った気がしました。
 施設長さんは僕の頭を数回撫でて言いました。

 「私も、大好きよ」

 その瞬間、僕の体から痛みが消えました。そして、自然と微笑んでいました。
 
 施設長さんの優しい掌の中で、僕はゆっくりと目を閉じました。
 

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