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なかったことにしないで。

14歳の彼女の生き方は、常識に照らし合わせると、
人生を棒に振るとか、台無しにするとか、そういうことになるんだろう。

彼女がそういう生き方を選んだというより、
そうするしかなかった。

まだ子供だったからとか、純粋だったからとか、ではなく、
彼女が自分自身であるために譲れないものだったのだろう。

私は、そうするしかなかった彼女を美しいと思った。
世間でいわれる、転落した、道を外れた、ということであっても。

(以降、ネタバレ含みます)

切りそろえられた黒髪、澄んだ眼差しの14歳の彼女。
初めて恋をした“ひかり”。

彼女をとりまく世界は、
ただ愛し、愛され、
彼と、光と風と歌、樹々の緑で満たされていた。

妊娠が発覚したことで、その世界は様相を変える。

ひかりの思いは誰にも汲まれることなく、
瀬戸内の島にある特別養子縁組支援団体へ預けられる。

沈む夕陽をみつめながら、
お腹の子”ちびたん”に語りかけるように口ずさむ
光あふれる森の中で、彼とひかりの間に流れていた歌を。

胸に抱いた”ちびたん”を託す佐都子の手を握り、
深く頭を下げ、手紙を預ける。

❀❀

元居た場所には、
”なかったことにできない” ひかりの居場所はなかった。

両親がいうように、妊娠出産したことは隠して、病気療養のため休学していたということにして、なかったことにしておけば…
憧れの高校にも行け、もしかしたら、彼とも再会し、新たな人生を歩めたかもしれないのに。

ひかりはそう思うことはなかったのだろうか。

家を出たひかりは、
”ちびたん”のいる東京で住み込みの新聞配達をする。

そこで出会った”ともか”という少女はひかりを
「すごくきれいな感じがする」と言う。
ひかりは”ちびたん”のことを、ともかに話す。
ともかは”なかったことにできない”ひかりを受け入れる。

ある時、ともかはひかりに借金を負わせ、いなくなる。

「なんで私がこんな目に」

ともかを暴力で脅していた借金取りの男は、
「バカだからじゃねーか。
まぁ人生いろいろあるわ。もう終わったことだし」

ひかりは叫び返す
「まだ終わっていない!」

❀❀❀

ともかが「これ着るとさ、何でもできるんだよ」といったスカジャンを着て、ともかが教えてくれたようにアイラインを濃く引き、
ひかりは佐都子へ会いに行く。

「子供を返して、返さないならお金をください」

ブリーチで傷んだ髪と濃い化粧、うつむき上目づかいで話す彼女は、
佐都子には、あの手紙を書いた少女とは別人にしか思えない。

❀❀❀❀

ひかりが書いたその手紙には、
”ちびたん”の幸せを願う言葉とともに、消された言葉があった。

「なかったことにしないで。」

ひかりの、声にだせなかった心の叫び。

私が感じていた美しい世界を
私が愛されていたことを
私が愛していたことを
私が確かにそこにいたことを
愛するものと引き離される
私の悲しみ苦しみを
誰にも理解されない私の絶望を
すべて覚えている
私の体も心も

「私を、なかったことにしないで。」

と、聴こえた。

ただ愛し、愛され、
彼と、光と風と歌、樹々の緑で満たされ、
そして、
自分の内に息づく愛しい生命、
この胸に抱くこの愛しさを、この喜びを、この誇らしさを

確かに感じたこの美しい世界は、
ひかりの魂そのものだったのではないか。

「なかったことにしないで。」という彼女の声は、
私の内からも響いてくる。

私がひかりだったら、私の両親はどうしただろう。
世間の目となって”恥さらし”として扱いつつも、
”なかったこと”にして私を必死で世間から守ろうとするのだろう。

そして、私は両親と同じように、
私が世間の目となり、恥をさらしていないかどうか、私をジャッジし、
”なかったこと”にして私を世間から守ってきた。

しかし、
長く生きてきた今、
私は”なかったこと”にはできないことを知っている。

”なかったふり”を続けていただけ。
私の体が心が覚えている。
思い出すたびに自分を嫌厭して苦しみ、
その記憶を心底消し去りたいと願っていた。

それでも、今ならわかる。
その私も私なのだから。
ようやく、私にたどり着く。

ひかりの美しさ

”なかったふり”ができなかったひかりは、
14歳の少女のまま、時間が止まっているように見える。

借金取りの男に「まだ終わっていない!」と叫び返すまでは。

初めてひかりが、
「なかったことにしないで。」と願うのではなく、
「なかったことにしない。」ために行動を世界に表したように思えた。


6年の時を経て、ひかりはそこにたどり着く。
そして、
その世界の歌を聴く。

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