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ベビーカーを押していると、世界がちょっぴり優しくなる


散歩が趣味だ。
お金はかからない、健康にいい、周りの風景を楽しめる。いいことづくしだ。

子供が産まれて、ベビーカーを押しながら散歩するようになった。
雨の日以外は毎日のように散歩しているため、息子の足は日に焼けた。ちぎりパンが、こんがりパンになった。


散歩の内容も、少し変化した。

まず隣の駅まで歩けなくなった。途中で授乳室がないため、休憩できないからだ。
代わりに近所をぶらぶらして、スーパーに行って、帰ることが多くなった。

2つ目に、道を選ぶようになった。
1人だったら、どんな道もズンズン歩いて行った。
しかし今はデコボコしている道や、歩道が狭くて車が近い道は避けるようになった。

3つ目に、ほんのちょっとの優しさに、胸が温かくなることが増えた。


小学生の男の子


いつものようにスーパーへ行き、マンションへ帰ってきた。
すると同じマンションに住む、男子小学生がいた。小学三年生くらいだろうか、黒いランドセルを背負って、こちらをじっと見ている。

私はベビーカーを押しながら、小さく会釈をした。子供は好きだけど、馴れ馴れしく話しかける勇気はなかった。なんとなく気まずささえも感じてしまう。

彼はマンションの扉の前で立っていた。
そして扉を手前へと引き、私が通れるようにしてくれた。

「あ、ありがとう、ございます」とびっくりして、思わず敬語が出てしまう。善意に感謝して、また会釈をして、ベビーカーで通り抜けた。

男の子はずっと無言だった。きっと彼がママさんだったり、おばさんだったら、「かわいいね」と声をかけてくる。でも目の前の彼は、口を結んで、じっと扉を開けたまま待っていた。


そうだよなぁ。赤ん坊を見る機会なんて、ないだろうしなぁ。
私だって小学生の子と関わる機会は、ほとんどない。

普段、関わることがない人と、いざ喋ろうとすると、何をしていいのか、話していいのか、分からなくなってしまう。私だってそうなのだ。彼だって同じだろう。

それでも扉を開けてくれた彼の優しさが嬉しくて、頰がゆるんだ。


スーパーの店員さん


週に3回ほどスーパーへ行くようになった。

献立は事前に決めない。スーパーへ行き、安かったものを組み合わせて作るようにしている。
家計を考えた買い方かと思いきや、自分のオヤツもちゃっかり買うから、あまり意味がない。

もろもろの野菜や調味料、そしてオヤツを会計してもらう。すると、必ずと言っていいほど、店員さんが、商品を詰める場所までカゴを運んでくれる。女性も男性も関係なく、みんな運んでくれる。

レジに戻ってきた店員さんにお礼を言うと、「いえいえ」と目を細めてくれる。ありがたいなと思う。

スーパーの店員さんは大忙しだ。
いろんな商品のバーコードを探して、ピッと情報を読み取って、カゴにきれいに詰めていく。会計は自動でする場所も増えたけれど、商品券やバーコード決済など、多様な払い方にも対応しなければならない。

そんな中で、カゴを運んでくれた。その優しさが、とても嬉しい。



エレベーターの戦友たち


ベビーカーで散歩すると、エスカレーターが使えなくなる。スーパーや駅、いろんなところでエレベーターを使うようになった。

エレベーターに乗り込むのは、高齢者や私みたいな子連れのママが多い。

ベビーカーを押すママさんと一緒になると、一瞬だけ沈黙になる。あの感覚は不思議だ。話しかけていいかな、何ヶ月くらいかな、どうしようかな。そんな逡巡が2人の間に駆け巡り、そして、ひっそりと言う。「かわいいですね」と。

「4ヶ月くらいですか?」と聞かれる。どのママさんに出会っても、答えはいつも当たっていてびっくりする。自分の子供は小さいからか、出会うママさんの子供は、息子より大きい子が多い。私は何ヶ月くらいなのか全然予測ができない。勉強するつもりで「何ヶ月なんですか?」と聞き、答えにびっくりして、子供を見つめる。立って、歩いて、ママの手をぎゅっと握っている。2歳でこんなに大きくなるんだ。

そして会釈をして、エレベーターから降り、別の方向へとベビーカーを押す。


エレベーターで出会うママさんは、戦友みたいだなと思う。正解がない子育てに苦労する戦友。
どうしてもこの時代「孤育て」になってしまう部分も多いけれど、ああやって、エレベーターで話しかけてもらうと、「ひとりじゃないんだ」と思える。
たった数秒の会話で、確かに救ってもらえる。


街には人がいる


当たり前のことなのに、忘れていた。
生まれる前までは、街の人は風景と同化していた。話すことも、視線を合わすこともなかった。

息子が生まれてからは、散歩が不便になった。
エスカレーターが使えなくなった、散歩する道を選ぶようになった、遠出ができなくなった。

その分、人に助けられることが増えた。

街の人たちが「あっ」と気づいて、そっと手を差し伸べてくれる。子供が生まれるまでは、関わることがなかった人たち。彼ら彼女らの優しさで、細い縁ができるようになった。それらすべてが私の幸せに繋がってる。

不自由さも増えたが、それだけじゃない。ありがたいな。と、思う。




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