空と風 2021年7月23日


2021年7月23日

風 誕生日おめでとう✨

風くん、20才のお誕生日おめでとう💖

 HAPPY BIRTHDAY♪KAZE

風さーん、おめでとうございまーす!


「そうか、今日、オレの誕生日かあ。」

LINEに流れてくるお祝いメッセージが、自分ではなく、よその人へのメッセージなのではないか、と思う。実感がわかない。

家族はどこかに出かけて、だれもいないようだ。

テーブルの上には、『夕飯は、ケーキとお寿司です。誕生日おめでとう!!』という、メモが置かれていた。メモの横には、母が見ていたのだろう、子どもの頃のアルバムが置いてあった。

1枚の写真の下に、”風 1才 保育園で 大好きな空ちゃんと”と、書いてある。くせ毛なのだろう、クルクルと巻き髪がかわいらしい赤ん坊の隣で、赤ん坊の自分が、作り物のケーキのろうそくをにぎって、口に入れようとしている写真が、目に入った。

「おーおー、荒ぶっておるな、1才のわしよ。」


せっかくの誕生日だし、ちょっと、でかけてみるか。そうだ、カツサンドの店に行ってみよう。

この街に、18年ぶりに戻ってきて、まだ数週間。戻ってきたと言っても、赤ん坊の頃の記憶など、ない。まだ道をおぼえていないので、すぐに迷子になる。迷子になるのは、きらいじゃない。


カツサンドの店は、引っ越してきた初日に見つけた。路地裏の小さなサンドイッチ屋で、カツサンドと、フルーツサンドを買ったら、想像以上に美味しかったのだ。姉に少し分けたら、絶賛していた。

風は、スマホと財布をポケットに入れて、外に出た。

梅雨が明けてからというもの、毎日、晴れが続いて、気温も35度あたりをいったりきたりしている。

「20年前、あんたが生まれた日は、気温40度でね、暑かったの!大暑の日の真昼間の正午生まれだから、”夏男”って名前にしようかと思ったんだけど、おじいちゃんに止められて、”風”になったのよ。」

昨夜、母がこんな話をしていたが、どうしたら、夏男から、風になるんだ?と思いつつ、聞くと話が長くなりそうだったので、やめた。


サンドイッチ屋の前には、3,4人の行列が出来ていた。風は、列の一番後ろに並んだ。

へ~、やっぱり、人気があるんだなあ。おばあさんとおじいさん、ふたりでお店やってるようだけど。あれ?バイトの子かな?

ブルーのTシャツの女の子が、店の奥から、ショーケースの前に立った。





2002年7月23日

♪たんたん たんたん たんじょうび

空ちゃんと 風くんの たんじょうび たん♪

「空ちゃん、風くん、1才のお誕生日、おめでとう!」


先生たちが歌をうたって、楽しそうにわらっているので、空ちゃんとよばれる、女の子らしき赤ちゃんは、小さな手をパチパチとたたいた。

「まあ、空ちゃん、かわいい~!」

「風くん、風くんも、こっち向いて!」

先生たちは、ケーキを前にした、ふたりの赤ん坊の写真を撮ろうとしている。

風くんとよばれている赤ん坊は、男の子のようだが、目の前の、色画用紙や段ボールでつくられた、大きなケーキの装飾の、ろうそくに手をのばし、いまにも、もぎ取ろうとしていた。

「あ、風くん、ダーメーよ、あーあーあー。」


(『ちょっと、風。イタズラしすぎ。』)

(『だって、おもしろいんだもん、空もやってみ、ほら!ビリビリ~』)

(『じゃ、イチゴとってみよう!ビリビリビリ~』)


「あー!空ちゃんも、めっ。ほら、片づけましょ、じゃあ、ケーキはおしまい、ねー。」


ここは、0才、1才、2才の乳幼児を預かる小さな保育園だ。

ふたりは、2001年7月23日に生まれた。そして、生後8か月の時に、この保育園で出会った。

そして、大人にはわからないけれど、会った時から、こんなふうにして、ココロの中で、おしゃべりをしていた。

0才児クラスには、他に5人の赤ちゃんがいたけれど、ココロのおしゃべりができない子もいた。ふたりは、お散歩しながら、離乳食を食べながら、お昼寝の前に、しょっちゅうおしゃべりをしては、笑いあったり、泣きあったりしたものだった。


けれども、2才のお誕生日の前に、風は、保育園からいなくなった。

風の家族が、引っ越しをするので、保育園を変わることになったのだ。


それから、18年が、たった。



2021年7月23日

「空っ!ちょっときて!はやく!」

お母さんが呼んでいる。空はよろよろと、リビングにむかった。

「なんか、朝から、ほっぺの元気がなくて。熱中症かな?」

お母さんは、しゃがみこんで、我が家の愛犬、ほっぺを見つめていた。私が起きると、いつも、とびついてくるのに、今朝は上目づかいで、チラリと見るだけだ。たしかに、元気がない。

「ほっぺも、もう、おばあちゃんだからね。ちょっと、心配だから、獣医さんに連れて行ってくるわ。あー、そうだ、空ちゃん、お誕生日、おめでとう!!」

急に思い出したように、母がハグしてきた。


そう、今日、わたしは、20才になった。

昨日のわたしと、なーんにも変わらないけれど、やっぱ、10代から20代って、グッとくるものがある、のかな? よくわかんない。


「空ちゃんが生まれた日は、雲ひとつない青空がひろがっててさ、本当に、きれいな空だなーっておもって、”空”って名前つけたの。」

何回も聞いた話だけれど、なんか、ちょっと嬉しくなる。ああ、今日もいいお天気そうだなあ。わたしの誕生日は、いつも晴れなのだ。

「そうだ、ごめん、空ちゃん、お母さん帰るまで、お店手伝ってきて。」

「ええ⁈ 今日、わたし、誕生日なのに?」

「今日お母さん、仕事お休みだから、お店手伝う約束してたのよ、ごめんね、ケーキ買ってくるからね!」とかなんとか言いながら、お母さんは、行ってしまった。


お店と言うのは、祖父と祖母がやっているサンドイッチ屋のことで、わたしと母は、1階にサンドイッチ屋の入った、小さなビルの3階に住んでいる。祖父母の家が、2階ということ。

しかたない、行くか。

夕べ、お母さんと見た、子どもの頃のアルバムには、祖父母に甘える、自分の姿が、たくさん写っていた。

生まれたときから、お父さんがいないわたしは、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられたようなものだ。

女手一つで私を育てていたお母さんは、いつも仕事が忙しくて、保育園のお迎えに間に合う時間に、家に帰ってきたことは無かった。

わたしが小さい頃は、おじいちゃんとおばあちゃんも、まだ若くて、保育園の帰りに、おんぶや抱っこをせがんだものだ。

最近は、ふたりとも年を取って、一日お店を開けるのも、大変そう。


空は、いそいで着替えて、したくをした。誕生日だし、この間買ったばかりの、ブルーのTシャツを着よう。

そういや、保育園の1才のお誕生日会の写真、わたしと、もうひとり、赤ん坊がイタズラしてケーキを破壊していた。かわいかったなあ。

そして、なんだか、懐かしかったんだよなあ。

1才の頃の記憶なんてないのに、なんでこんなに、懐かしく感じるんだろう。

あの子も、今日、どこかで、20才のお誕生日を迎えてるんだろうなあ。


♪たんたん たんたん たんじょうび

そらちゃんと だれかさんの たんじょうび たん♪

くせっ気の巻き髪を、手ぬぐいでまとめながら、空は、鼻歌まじりに、お店のある階下へ、おりていった。


「おお、空、来てくれたのか!」と、おじいちゃん。

「お誕生日、おめでとう、空ちゃん。20才だねえ!」と、おばあちゃん。


店の前には、数人のお客さんがならんでいる。


スマホを見ていた背の高い男の子が、”お誕生日おめでとう”の声をきいて、顔をあげた。


「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりですか?」

「えー、と、カツサンドと、フルーツサンド。」


サンドイッチのショーケース越しに、ふたりは、20回目の誕生日を、むかえた。













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