くちぶえ
「ねえ、お父さん、口笛ってどうやるの?」
はるくんは朝ごはんを食べ終えて、ソファに横になっているお父さんに聞きました。
日曜日の朝です。
「うん?朝からうまく鳴るかな?」
言いながらお父さんはソファに寝ころんだまま、「ホーホケキョ」と、うぐいすの声真似をしてみせました。どんな鶯だってだまされるに違いない、と思うほど、お父さんの口笛は上手です。
「ふー、ひゅー、」
はるくんもお父さんの真似をして口をすぼめてやってみるものの、なかなかうまくはいきません。
「どうした?学校で口笛が流行ってるのか?」お父さんが聞きました。
「ううん。なんか、吹けるようになりたいなって。」
はるくんが大人のような言い方をしたので、お父さんはもう一度はるくんの顔を見ました。
「お父さん、おじいちゃんは、お星さまになったんでしょう?」
今度はおじいちゃんの話がでてきたので、いよいよお父さんはピンと背を伸ばしてソファに座ると、はるくんの方にしっかりと向きました。おじいちゃんは、はるくんが生まれるずっと前、お父さんがちょうどはるくんくらいの頃に亡くなったので、はるくんはおじいちゃんを知りません。
「星になったって、おばあちゃんかな?」
「そう、おばあちゃんが言ってた。」
「うん、お父さんもな、子供のころからそう言われてたよ。『星になって、いつもお空から見ていてくれるよ』って。なんかさ、嬉しいことがあったり、悲しいことがあると、空のおじいちゃんが見ていてくれる、ひとりぼっちじゃない、って、いつも思ってた。」
「だからおとうさんは、星を見に行くのが好きなんだね。」
先週も、はるくんとお父さんはドライブに行って、湖の上に広がるお星さまを眺めて帰ってきたのです。
「あのね、おじいちゃんは、お父さんのことすぐに探せるのかもしれないけど。だって、人間だったからね、いろんなこと分るでしょう?でも、サンは、ぼくのこと探せないかも。だって、お空の星はあんなにたくさんあって、ぼくはどの星がサンか、一生懸命さがそうとしたけど、全然わからなかった。サンだって、地球の上にこんなに人間がいっぱいいたら、どれがぼくなのか、わからないんじゃない?」
サンは、昨年の夏、はるくんが1年生になってしばらくしたころに死んでしまった、黒い犬です。はるくんが生まれた時にはもう家にいて、はるくんはサンに遊んでもらって大きくなったのです。サンの長くてフワフワした毛や、やわらかくてぺたんと垂れた耳、はるくんを微笑みながら見つめる目、はるくんはときどきサンに会いたくなって、心臓がぎゅーっとなるのでした。
「だからさ、くちぶえを吹けるようになりたいんだ。」
なるほど、と、お父さんは思いました。サンはお父さんのくちぶえを聞くと、見えないところにいても、お父さんを探して走ってきたからです。はるくんはそのことをよく覚えていたのでしょう。
「そうだね。お父さんもちょうどはるくらいのとき、一生懸命練習してさ、吹けるようになったんだ。きっとできるよ、練習しよう。」
「うん!ぼくね、お父さんみたいにホーホケキョもできるようになりたい。」
「おお、うぐいすができるようになったら、もっと難しいホトトギスもおしえてあげるよ。」
それからはるくんは、毎日くちぶえの練習をしています。
夏休みになったら、お父さんがキャンプに連れて行ってくれるから、満天の星の下で、はるくんはくちぶえを鳴らすのです。
サンも、はるくんを見つけて、喜んでくれることでしょう。
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