見出し画像

【詩の森】467 言葉によって

言葉によって
 
名づけるということは
名づけられたものを
他から区別するということだ
たった一つの名前を貰って
僕らは生きていく
ただそれだけのことなのに
個別の名前などない生き物のほうが
遥かに多いのに
僕らは社会のなかで
更にいくつもの名前で呼ばれる
僕は夫であり父であり高齢者であり
年金生活者でもあるのだ
 
それらの言葉に
捕捉された途端に
社会に流通する言葉という鋳型に
否応なく嵌め込まれてしまうのだ
男は男らしく夫は夫らしく
人生という舞台の配役のように―――
若くして自ら命を絶った
金子みすずは
『みんな違ってみんないい』といった
その意味は
『本来、人は分類できない』
ということだろう
 
分類できないものを
鋳型に嵌めようとすれば
そこからはみ出したものまでも
無理矢理
押し込むことになるだろう
それで傷つかないわけがない
人知れず傷をかかえながら
僕らは生きているのだ
自分のことさえ
よく分からないのに
どうして他人を名づけることが
できようか
 
たとえば戦争は
言葉の暴力から始るといわれる
人は敵か味方かに二分され
敵は鬼畜とされ
巷では流言飛語が飛び交うだろう
戦争に反対する者は非国民と呼ばれ
圧倒的多数の俄か愛国者の
餌食にされるだろう
どうして僕らは
たった一つの自分の名前だけで
生きていくことが
できないのだろうか
 
僕らが
一人の人間でいる限り
他国の見知らぬ誰かを殺す理由は
どこにもない
僕らが国民として戦争を肯ったとき
国どうしの戦いである
戦争は始まるのだ
恐怖を煽る宣伝に負けてはいけない
戦争は
僕らを遠い異国へ連れ出し
僕らの名前を奪い
僕らを一兵卒にするのだ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?